『図書館雑誌』2012年8月号に「マレビト・サービス」を執筆

これまで、旅(観光)×図書館ネタで幾つかエントリーを書いてきました。最近はあんまり書けてなかったのですが、日本図書館協会が刊行している『図書館雑誌』の編集委員会から、「一連のエントリーを踏まえて原稿を書きませんか」というお話を頂いたのが4月。一度まとめた方がいかなーと思っていたところでのお話だったので受けました。

  1. マレビトサービス#2:西牟田靖編(2011/5/15)
  2. 同時多発的お花見ストリーム/マレビトサービス#1:石田ゆうすけ編(2011/4/7)
  3. 地域と観光に関する情報サービス研究会第三回研究会(2011/3/25)
  4. 地域と観光に関する情報サービス研究会第二回研究会(2011/2/22)
  5. 地域と観光に関する情報サービス研究会第一回研究会(2011/1/23)
  6. 地域と観光に関する情報サービス研究会(マレビトの会)発足(2011/1/11)
  7. 図書館と観光:その融合がもたらすもの(2010/12/27)
  8. Airport Library @スキポール空港(2010/9/8)
  9. 鼎談「まちづくり・観光・図書館」(2010/7/5)
  10. 観光と図書館の融合の可能性についての考察(2010/5/1)
  11. アーバンツーリズムと図書館(2009/3/24)
  12. Tokyo's Tokyo(2009/3/4)
  13. 旅の図書館(2009/2/12)
  14. 南益行の「観光図書館論(2009/1/27)
  15. 旅人のための図書館を夢想する(2008/12/27)
  16. 蛇足 「八重山図書館考」(2008/10/10)

そしてこの度、『図書館雑誌』106巻8号/2012年8月号(pp.538-539)に、「マレビト・サービス 21世紀の「観光図書館論」に向けて」(特集:観光ポータルとしての図書館)を寄稿しました。取材に協力頂いた中沢孝之さん@草津町立図書館と乾總一郎さん@奈良県立図書情報館、原稿チェックに時間を割いてくれた「マレビトの会」の皆さん、編集委員会の皆さん(特に松本哲郎さん@市原市立中央図書館)、どうも有難うございました。業界誌ということでなかなか多くの人に読んでもらえないと思うので、ここに全文を掲載します(本稿脱稿後に言及すべき文献が一つ見つかったのですが、それについてはエントリーを改めたいと思います)。なお、見え消しは、誤り等の訂正を示しています。

************************************************

マレビト・サービス 21世紀の「観光図書館論」に向けて
1.旅行者と図書館
 旅行者にとって「情報」は必要不可欠なものだ。自分の経験を振り返ってみると、ガイドブック、口コミ、情報ノート、古本、インターネット(ニュースから個人blogなど多岐に渡るWebサイト、SNS、メール) など、さまざまなチャネルから情報を入手、分析し、旅先における「次の行動」を導き出す。そして、そういった情報は得てして交通の要衝(駅やホテル街など)近くに集まることが多かったと思う。
筆者が「その情報の提供を図書館でできないか」ということを考えるようになったのは、7年前の八重山諸島の離島めぐりの旅の後のことだ。石垣島の離島桟橋からそれぞれの離島へ船で渡るのだが、その桟橋の近くに石垣市立図書館があった。船を待つ時間つぶしに立ち寄ってみたのだが、そこで目にしたのは、八重山の島々に関する地域資料だった。八重山についてあまり予習をしてこなかった筆者は、これから渡る島々について書かれた本を興味深く読んだのだった(ちなみに、当時は無料のインターネットは県立図書館分館(今年3月で閉館)で利用可能だった。)。
 以来、旅行者に対する図書館サービスについて個人blog*1で幾つか記事を書いたほか、2011年からは「地域と観光に関する情報サービス研究会」(通称:「マレビトの会」)*2で、メンバと議論を重ねてきた。本稿では、これらを踏まえて個人的な考えをまとめてみたい。

2.観光と図書館の融合
 ここ数年、観光と図書館を融合させる取り組みに注目が集まっている*3。その前提としてあるのが、オルタナティブ・ツーリズムと呼ばれる(従来のリゾートや有名観光地、大都市ではなく)地方都市や田舎等を舞台とした個人志向・体験志向の新しい観光スタイルの登場であり、それに対応した観光地のまちづくりであろう。そこで図書館が大々的に取り上げられることはあまり聞かないが、裏を返せば開拓する余地が大いにあるということでもある*4
 そもそも、各地の図書館はその地域や立地に応じて、様々な形態があるはずだ。例えば、千代田区千代田図書館は、夜間人口と昼間人口のギャップ(後者が圧倒的に多い。)を逆手にとり、昼間人口にターゲットにしたサービス戦略を立てたが*5、その街を訪れる人間が住民よりはるかに多いような観光地の場合は、旅行者をターゲットとしたサービスも考えられるだろう。
 実際に行われているサービスとしては、奈良県立図書情報館の取り組み(2009年からホテル日航奈良と提携して宿泊客に対して、歴史地理学の研究者でもある館長自ら選書した奈良に関係する蔵書の貸出サービスを実施)*6群馬県草津町立図書館の取り組み(湯治に訪れた町外利用者に対しても蔵書の貸出サービスを実施)*7などが注目される。また、前出の千代田図書館が実践したコンシェルジュ・サービスのように、従来の所蔵資料等の案内だけでなく地域の案内も行う取り組みも参考になる*8

3.南益行の「観光図書館論」
 順序が逆になってしまったが、戦後、我が国で最初に旅/観光と図書館について言及した南益行の論文「観光図書館論」(『図書館界』 6巻3号, 1954年6月)を紹介したい。南の主な指摘は次のとおり。
(a) 従来の観光事業・観光活動に文化活動的な側面を持たせてそこに「観光図書館」の"framework"を作っていくのがよい。
(b) サービスの主対象は観光客とし、郷土資料をより組織化・機能化して提供する。
(c) 新しい観光文化活動が創造できる有能な司書または館員が必要である。
(d) 運営は、(1)国/自治体の観光所管部局ないし図書館が運営する方式と、(2)パトロンないし私立観光団体の出資による方式が考えられる。
 この論文が書かれた1950年代は、戦後の混乱期を脱して、団体旅行とそれを手配する旅行会社が復活してくる時期に当たる*9。この時期にここまで踏み込んだ提言を行った南の慧眼は評価されるべきだと思うが、この中でより重要なのは、(1)「従来の観光事業活動に文化活動的な側面を持たせる」方向性と、(2)その担い手を自治体に限定しなかったことの二点だろう。
 南の提言から60年近くも経った。この間、南の提言を踏まえたサービスの開発が行われなかったことは残念だが、ようやく時代は南に追いついた。しかし、私たちは南の提言をそのまま受け入れれば良いというわけでもないだろう。

4.21世紀の「観光図書館論」に向けて
 では、21世紀に生きる私たちは、どのような「観光図書館論」を構築していけばよいのだろうか。ここでは、その地域を訪れた旅行者(あえて「マレビト(外部からの来訪者)」と呼ぼう。当然ここには海外からの旅行者も含まれる。)が旅先で抱える「次に何をしようかな/知りたいな」という思いに答えるサービス、即ち「マレビト・サービス」という視点から考えたい。
 例えば、あなたがある街を訪れたときに、その街に関する情報が入手できたり、地元の人々や芸能と触れあえるイベントと出会えたり、その地域のお薦めの飲食店や施設を紹介してもらえたり、あるいはふとした疑問に答えてくれたり、インターネットへの無料接続サービスが使えたりして、そして本を貸してくれる施設が、駅前や宿泊施設多い地区などの便利な場所にあればどうだろうか。
 自分が旅行者であればそこに寄りたいと思うし、そのような場所であればガイドブックに掲載されたり、案内所でも勧められたりもするだろう。筆者が思い描くのは、そんな「場」だ。ただし、その「場」は、「マレビト」だけではなく地元住民にとっても、例えば「地元の魅力の再発見」、「商業チャンス」といったメリットにつながるものでなくてはならない。
 もしそれが「図書館」ではない、或いはできないというのなら、それはそれでよいと思う。南が指摘したように、担い手は図書館である必要はないし、「公立」のサービスである必要もない。企業やNPO、あるいは「住み開き」*10で実践されているように個人もその担い手として考えられるだろう。少なくとも、「従来の図書館」の延長だけに「マレビト・サービス」は存在しないことは確かだ。むしろ、他の観光事業者との協働が重要となるだろう。
 紙幅は尽きた。この小論も一つの材料として21世紀の「観光図書館論」を構築する議論と実践が行われることを期待して、結びとしたい。

*1:Traveling Librarian:旅する図書館屋 (http://d.hatena.ne.jp/yashimaru

*2:2012年4月現在のメンバは、筆者の他に岡野裕行(皇學館大学)、岡部晋典(近大姫路大学)、岡本真(アカデミック・リソース・ガイド)、加藤学(浜銀総合研究所)、澁田勝(獨協大学図書館)、豊田高広(田原市図書館)、藤原直幸、若林正博(ともに京都府立総合資料館)の各氏。研究会はSkype等を用いて不定期開催している。興味のある方は筆者まで連絡されたい。

*3:松本秀人、「図書館と観光:その融合がもたらすもの」『カレントアウェアネス』、306号、2010年。

*4:原田順子・十代田朗(編著)、『観光の新しい潮流と地域』、放送大学教育振興会、2011年。「特集 観光と図書館」『みんなの図書館』404号、2010年。溝畑宏、「住んでいる地の魅力を、図書館を使って掘り起こす」、『あうる』、104号、2011年。

*5:柳与志夫、『千代田図書館とは何か 新しい公共空間の形成』、ポット出版、2010年。

*6:同館からの情報提供によると、平成22年1月から平成24年4月まででのべ501人907冊の利用があったとのこと。

*7:同館からの情報提供によると、特に夏休み期間はほとんどが町外の利用者とのこと。また、同館では観光業従事者向けの情報提供にも注力しているという。

*8:「マレビトの会」でも、Webサイトから図書館の持つ観光に関する情報源と地域の観光情報源とをマッシュアップして提供する、これから旅行に出る利用者向けのレファレンスサービスなどがアイデアとして出された。

*9:旅の文化研究所(編著)、『旅と観光の年表』、河出書房新社、2011年。

*10:アサダワタル、『住み開き 家から始めるコミュニティ』、筑摩書房、2012年。