和田万吉の「旅客の為めに図書館」

先日紹介した「マレビト・サービス」(『図書館雑誌』2012-8)脱稿後(正確には赤入れ終了直前)、編集委員会の方から「言いにくいのですが、実はこんな文献を見つけました・・・」と連絡を頂いたのだが、それが和田万吉「旅客の為めに図書館(特集:旅行と読書)」(『ツーリスト』6-5(1918年))だった。私が「南益行の「観光図書館論」(『図書館界』6-3/1954.6月)が国内で初めて観光×図書館について言及したもの」というスタンスでいて、そして今回の原稿でもそう記述していたからだ。
和田万吉(1865−1934)と言えば、東京帝大附属図書館の司書〜館長を歴任するとともに、同大教授として図書館学の礎を築き、そして図書館日本文庫協会(現・図書館協会協会)の設立に尽力するという、"業界内レジェンド"の一人である*1。そんな和田の論文(というよりエッセイ)を見落としていたのは痛恨の極みだが、折角なのでここで紹介しておきたい(無論、原稿の方は微修正して、嘘を書かないようにはしておいた)。ちなみに、1918(大正7)年は、和田が東京帝国大学文科大学教授として国語学国文学第一講座担任となった年であり、折しも避暑等を目的とした観光客が増加しだしたころでもある*2
和田の主張をざっくりまとめると次のようになる。

  • 避暑/避寒/遊覧地等、長期滞在の旅客向けに、その地方の歴史/地理/工芸/産業等の所謂郷土資料や、(貸本屋が扱うような通俗的な物ではない)文学/美術書、辞書等の参考書を提供する(小)図書館を設ければ、旅客のためのみならず、その地域の繁栄にも寄与するだろう。
  • その図書館は、観光により利益を上げる事業者或いは篤志家が、土地・建物の提供だけでなく、維持費も含めて負担するのが良いだろう。従って、ホテルの一室をあてがう等の方策をとる方が容易だろう。
  • 図書館では、専門スタッフを置いて選書・整理・保存等の事務を行うようにすべきである(でなければ「不況」を招くもとになる)。
  • 図書は必ずしも多く備える必要はなく、むしろ良書をよく選ぶべきである(寄贈本や古書本に頼るべきでない)。資料購入費用は、初期投資に500円、年額300円を見込めばよいだろう(これと同額の費用が事務費として必要になるだろう)。また、これらの目録を整備し、コピーを旅館等に置いて広報につとめるべきである。
  • 閲覧は無料とするが、貸出の場合は二日以上の場合に料金を徴収するのもよいだろう(汚損の場合は罰金も徴収すべし)。ただし、日本では公共物に対する観念が薄いので、保証金を徴収する等のルールをどう設けるかがポイントになるだろう(当然ながら、厳しすぎても緩すぎてもいけない)。

具体的な金額まで挙げているところは図書館の経営者でもある和田ならではのものだろうが、(1)郷土資料に着目している点、(2)観光事業者等による「私立」を前提としている点については、先に紹介した南論文に繋がるものと言えるだろう(提言が「旅先での読書」に特化しているのは、特集タイトルを考えれば当然であろう)。或いは、南もこの和田論文を参照していたのかもしれない。
また、和田は(1909年の欧米視察の際に見聞したのであろうが)特に米国では汽車や汽船内に小さな図書室が多く備え付けられている、ということにも言及しているが、さらに同じ雑誌に(出版人・政治家であり、そして"業界内レジェンド"でもある)大橋図書館長・坪谷善四郎による「汽車内備附図書に就ての希望」も寄稿されている。当然ながら、スマートフォン電子書籍が普及している現代に適用するとなると、もう少し工夫が必要だろうが、こちらもあわせて紹介しておきたい。
坪谷の主張をざっくりまとめると次のようになる。

  • 汽車(一等ないし二等)に、線路図や地図、時刻表、そして図書・雑誌等、よく読まれるものを中心に取り揃えて、乗客が自由に読めるようにしてほしい。そうすれば、車中で飲食・睡眠・猥談ばかりに耽る日本人乗客の「改良」にもなる。目立つ印をつけておけば、紛失することもないだろう。
  • 海外では、私(坪谷)が知る限り、長距離鉄道では時刻表など大抵備え付けているし、大型汽船、ホテルなどには小図書館もある。
  • 汽車に備え付ける本は、(1)短時間で読める物、(2)軽量なもの、(3)細字でないもの、(4)廉価なもの、(5)絵入りのもの、(6)旅行の参考/案内になるもの、がよい。

 「観光×図書館」というネタは、旅好き×本好きの図書館関係者であれば100年近く前から着目していて、しかしそれでいて現在においても余り実践例の多くない、「古くて新しいネタ」だということがよく分かる。

  1. 『図書館雑誌』2012年8月号に「マレビト・サービス」を執筆(2012/8/14)
  2. マレビトサービス#2:西牟田靖編(2011/5/15)
  3. 同時多発的お花見ストリーム/マレビトサービス#1:石田ゆうすけ編(2011/4/7)
  4. 地域と観光に関する情報サービス研究会第三回研究会(2011/3/25)
  5. 地域と観光に関する情報サービス研究会第二回研究会(2011/2/22)
  6. 地域と観光に関する情報サービス研究会第一回研究会(2011/1/23)
  7. 地域と観光に関する情報サービス研究会(マレビトの会)発足(2011/1/11)
  8. 図書館と観光:その融合がもたらすもの(2010/12/27)
  9. Airport Library @スキポール空港(2010/9/8)
  10. 鼎談「まちづくり・観光・図書館」(2010/7/5)
  11. 観光と図書館の融合の可能性についての考察(2010/5/1)
  12. アーバンツーリズムと図書館(2009/3/24)
  13. Tokyo's Tokyo(2009/3/4)
  14. 旅の図書館(2009/2/12)
  15. 南益行の「観光図書館論(2009/1/27)
  16. 旅人のための図書館を夢想する(2008/12/27)
  17. 蛇足 「八重山図書館考」(2008/10/10)