遺跡巡りの果てに

 今回の旅の旅程を組む時に、ケンタロウとノリオという二人の道連れに、「プノンペンで一泊した後は、ずっとアンコール」とだけ言っていた。旅慣れない二人は「あっそう」と気にも留めていなかったのだが、アンコール遺跡のパスが三日しかないということがポイントだ。つまり、その後の二泊三日、一体何をするのか、まったく伝えていなかったということである。ちなみに、私としては、プノンペンに帰っても良し、どこか違う街に行ってもよし、引き続きシェムリアプでブラブラしてもよし、という具合で考えていた。つまり、何も考えていなかったのだ。
 三日もアンコール遺跡を巡っていると、大変残念なことに、素養に乏しい私たちにはどれも同じに見えてきてしまう。言葉を換えると、飽きてしまう。グラサン達に指図してあれやこれやと回ったが、遺跡を見学する時間より、レストランやカフェで油を売る時間の方が長くなりつつあったのだ。
 パス最終日の夕方、いつものようにアンコールワットの祠堂の上部で夕涼みをしていた時に、私は切りだした。
「で、明日からどうする?」
 この段階になって、二人は初めて「あぁそう言えば」と、明日からのそれぞれの身の振り方を考えなくてはならないことに気づいたようだった。考えていないという意味では私も同じなのだが、ここではなぜか、やや「上から目線」である。
 ということで、私たちはしばし話し合った。この時の内容はよく覚えていないのでざっくりと省略するが、遺跡巡りを続けるという選択肢だけは全く出なかったのは確かだ。そして、プノンペンに戻るという案は、あの街に全員好印象がなかったということでパス。違う街に行ってみるという案は、面倒なのでパス。ということで、結局、シェムリアプでもう二泊することになった。とは言え、何も変化がないのはつまらないので、ゲストハウスだけは変えるということにした。
 その上で、二泊三日をどう過ごすか。ノリオは地元の子どもたちが空き地でやっていた草サッカーに交じりたいと言う(彼は、中高時代、サッカー部のキャプテンだった)。一方のケンタロウは、土産を買ったりナイトクラブにも行ってみたいと言う。私はと言えば、実はゆっくりのんびりブラブラしたり本を読んだりネットをしたいだけだったりする。ともあれ、どれも実現可能なプランばかりだ。
 やりたいことはてんでバラバラだったが、兎にも角にも「予定」は決まった。
 翌日、三泊お世話になった宿を引き払い、ついでに三日間私たちの足となってくれたグラサンたちにも別れを告げて、新しいゲストハウスに移った。店先には「お土産をうる」という微妙に残念な看板が出ているところだ。それまでのゲストハウスの客層は欧米系ばかりだったので、日本語を話す婦女子の出没しそうなゲストハウスに行きたい。三人で話し合った時にケンタロウが強く主張したことなのだが、有体に言えば、これはそのための引っ越しである(実は、日本人バックパッカー御用達の某ゲストハウスは満室で断念している)。
 ベッドを一つ突っ込んでツインの部屋を強引にトリプルにしてもらい、そこに荷物を放り込んで、私たちは思い思いにその日の午後を過ごすことにした。私は、読みかけの本を片手にカフェへと向かい、ノリオは小躍りして裏手の空き地に向かい、そしてケンタロウは財布を握りしめて街へと消えて行った。
 ちなみに、この8か月後にケンタロウとバンコクに行くことになるのだが、その際「なぜあの時、シェムリアプなぞで時間をつぶして、こんなに楽しい場所に連れてこなかったのか?」と大いになじられたのだった。けれども、それはまた別の話。