1日目:関西→ドンムアン→アユタヤ

 3月というのに、夜明けの近鉄学園前駅は肌寒かった。「寒いな」そう言うと、ケンタロウは私の着ていた黒いポンチョを強奪して着込んだ。よく見ると、みんな軽装である。行き先のマレー半島がいくら暑いとは言え、これでは風邪をひいいてしまいかねない。「準備万端」のはずの旅に、早くも暗雲が立ち込めてきた。
 我々は、眠い目をこすり、寒さに震えながらエアポート・リムジンに乗り込み、関西空港へと向かった。

 本来なら、このまま話をタイに進めたいところだが、空港でのこのエピソードに触れないわけにいかない。
 空港ではご存知の通り、前年の「9.11」の事件以降、機内持ち込み手荷物チェックが厳格になっていた。旅行会社からも、その旨はくどいほど伝えられていた。私も再三にわたってメンバーに注意を促してきた。
 にも関わらず、である。X線チェックで呼び止められたシゲオのリュックサックから緑のハサミが出てきた。オロオロするシゲオ。
 当然、ハサミは没収された。いや。正確には、「現地までこちらでお預かりしましょうか?」と尋ねられたのだが、わざわざ持って行ってもらうものでもないので、我々であきらめさせたのだ。正直なところ、未だに用途が分からない。
 高校の修学旅行以来の海外ということで、ナーバスになっていたヒサシは、ぶち切れた。この男、何かというとすぐ一人でナーバスになるところがあるのだが、今回は4人の思いを代弁して突っ込んだ。
「何でやねん!」
普段ならネタにしてイジって流すところが、この様である。些細な事件ではあったが、今となっては、その後の旅の先行きを暗示していたと思う。

 とにもかくにも、我々はバンコクドンムアン空港についた。一向は私の淡々とした案内の下、そのまま鉄道に乗ってアユタヤに移動し、駅の近くのパーサック川沿いの安宿に旅装を解いた。一応説明しておきたい。何で私がさして感動する様子もなく淡々としていたかというと、前日の夜に飲めもしないのに飲んだコーヒー(しかも2杯)のお蔭で胃が重く、とてもテンションを上げられる状態ではなかったからである。
 その一方で、他のメンバー、特にヒサシは、不安なのかいつもより高いテンションで喋り続けていた。この状態は、しばらく続くことになる。
 タイ一日目の夜は、噛み合わないテンションのまま、しかし健全なうちに更けていった。