8日目:クアラルンプール→マラッカ

 この頃から、シゲオが新ギャグを披露し始めた。
 上目を向いて「にゃー」という声を発して猫の泣き真似をする。意味が分からないし、気持ちが悪い。シゲオは、事あるごとに、特に自分の立場が悪くなるとこのギャグを披露した。最初は笑っていた我々も、次第にこのギャグを観る度にイラッとするようになったのだが、シゲオはそのこと気付かないのか、相変わらずこのギャグを使い続けた。

 さて、この日のクアラルンプールで観光は、当時世界最高峰だったペトロナス・ツイン・タワーを下から見上げただけであっさり終了した。次の目的地はマラッカ。バスで数時間の道のりだ。
 マラッカは、世界遺産にも登録されている海港都市だ。街には、ポルトガル・オランダ・マレー・華僑など様々な文化が折り重なっている。
 私はこの3年前にもマラッカを訪ねたことがあるマラッカ海峡に沈む夕陽が見たかったのだが、スコールに降られて見損ねてしまった。3年前のリベンジがしたくて、渋る4人に対して「マラッカには提灯の数ほど日本人(の女子)がいるから」とか適当な言辞を弄して強引に目的地に組み込んだのだ。
 ところが、である。「提灯の数ほど」居るはずだった日本人は、我々を除いて誰一人としておらず、中国系の団体旅行客が闊歩するばかりであった。そのことを4人に糾弾された私は、一方的に「自由行動」宣言を行い、一人で3年前の感傷へと逃げ込んでいった。具体的には、お気に入りだったカンポン・モスクやサンチャゴ砦で黄昏れていたのである。
 しかし、悪いことは重なるもので、昼間は晴れていたのに、夕刻になって急に現れた雲によって今回も夕陽が覆い隠されてしまった。いったい何のために再びマラッカの地を踏んだのか。「旅をなぞろうとすると、旅に復讐される」というのをどこかの作家が書いていたが、そのことを思い知らされるような結末になってしまった。
 これでも、悪いことは終わらない。晩御飯は、ゲストハウスのテラスで他の旅行者と一緒に取ることになっていた。自称パキスタン人の胡散臭いオーナーの振舞うマレー料理はなかなかのものではあったが、折からの横なぐりの雨のため、窓際のでっぷりした白人を筆頭にみんなぬれてしまって、散々なものになってしまった。
 そして、まだ終わらない。夜も更けたころ、雨なのに、突如、断水した。折からシャワー中だったケンタロウは、泡だらけのまま部屋に駆け込んできた。その時彼を迎えたのは、シゲオの新ネタだった。
 当然、ケンタロウはぶち切れた。