10日目:シンガポール→関西

 昼過ぎ、幾分ホッソリしたシンガポール組4人は、かねてから密かに約束していた通り集合し、そして更にシンガポーリアンの女子2人と合流した。
 彼女たちは、我々も参加した1995年のシンガポールへの修学旅行の際に実施された学校交流で私が仲良くなり、そしてその後も連絡を取っていたアグネスとその友人B(名前は忘れてしまった…)である。今回の旅先がマレー半島となった段階で連絡を取り、シンガポールを案内してもらえるように頼んでおいたのだ。アグネスには1999年の旅の際にもお世話になったので、3年ぶりの再会である。なお、「おまえ、実はシンガポールに行きたかっただけとちゃうんか?」というツッコミは、ここでは受け付けない。
 6人の大所帯となった我々は、友人Bの運転する車で、オーチャード通りで買い物を楽しんだり、ドリアンを食べてみたり、実見するとしょぼい初代マーライオンを見たり、趣味の悪い2代目マーライオンを遠くに望んだりと、シンガポールを満喫した。夜は夜で、シンガポール川沿いのオシャレなレストラン街クラークキーでカジュアルな食事を堪能した。
 空港でのシゲオとの集合時間を過ぎても、「シゲオ?いいんじゃない」と全く意に介さないアグネス主導の下、宴はいっこうに終わる気配を見せることなく続いた。さすがにもう飛行機が…となってきた頃、彼女たちはようやく重い腰を上げて、チャンギ国際空港へと向かった。
 空港に着くと、我々の姿を目ざとくみつけたシゲオが、「自分ら、冷や冷やさせてくれるわ〜」とか言いながら、ニヤニヤした顔(喜びの表情?)で走り寄ってきた。多分、心細かったのだろう。

 こうして我々の卒業旅行は終わった。みんな旅行保険に入っていなかったが、怪我なく帰ってこれた。結果オーライである。
 この卒業旅行の後、みんなそれぞれの道を歩みだすこととなった。唯一、この後も学生生活を何年か続けることが決定していたシゲオは、日記の最後に「急ぐ人生でもないので、今後、バックパックで1人旅行もいいかもしれない」と書いていたが、他の4人は内心「おまえはそろそろ焦れよ」と思っていたに違いない(一応、彼の名誉のために書いておくと、そんな彼も今や社会人。その後、海外には行っていないようだが)。
 ともあれ、この旅は、それぞれに色々なことを考える機会となり、そして折につけて思い出す青春の一コマとして脳裏に刻まれることになった。今でも、盆や正月に集まって飲むときには、欠かせないネタの一つである。こういったかけがえのない記憶の積み重ねが、この世知辛い世の中を突き進んでいく時のよりどころの一つになるのかもしれない。
 卒業旅行万歳。