9日目:マラッカ→シンガポール


 最初にも書いたけれども、今回の旅は、何ら主体性を発揮しないシゲオを除くメンバーからのリクエストをもとに組み立てたものだ。
 これまで、それぞれのリクエストを何らかの形で実現してきたが、最後に残っていたのがヒロヤの「鉄道に乗りたい」だった。実は、今回の旅まで彼にそんな趣味があったとはついぞ知らなかったのだが、行先が決まってすぐ『マレー鉄道の旅』みたいな旅行ガイドブックを買っていたのを見ると、意外に筋金入りだったのかもしれない。
 最初は、バンコクやクアラルンプールから南下するところで鉄道を使おうと思っていのだが、チケットが取れなかったり時間が合わなかったりして、その都度ヒロヤに「すまんなぁ」と言いながらバスを使っていた。ヒロヤは「ええよええよ」と相変わらずの爽やかな笑顔で応えてくれてはいたのだが…。
 しかし、ツアー・コンダクターとしてはメンバーの希望を無碍にはできない。最後の可能性を信じて、マラッカからタクシーで1時間ほど乗ったところにあるマレー鉄道の最寄駅タンピンへと向かった。
 結局、ここでマレー半島最南端のジョホール・バル行きの列車に乗ることができたのだが、その時のヒロヤの嬉しそうな顔は、今でもまざまざと思い出すことができる。わずか数時間の列車の旅であったが、彼もマレー鉄道の旅を満喫したことだろう。
 ジョホール・バルに到着した我々は、最後の目的地シンガポールに入る前に体制を整えることにした。まずは、マレー風カレーに舌鼓を打って腹ごしらえ。その後、又しても2-2-1のシゲオをワントップに置くシステムにフォーメーションを変更した。今回は、私とヒサシ、ヒロヤとケンタロウが組むことになった。
 かくして、明日の夜、空港での再会を固く約束してから、シゲオは一人ジョホール・バルに留まり、他の4人はコーズウェイを歩いて渡って第三カ国目のシンガポールに入ったのであった。
 今回3手に分かれたのは、シゲオが「自分は団体行動に向いてなくてみんなに迷惑をかけているし、そもそも人の後ろをくっついて歩くだけでは『自分探し』にならないので1人になってみたい」というような趣旨のことを言い出したからである。彼は前日の日記で、これまでの反省を踏まえたのか「今後は健全なものを追い求めたい」と書いていたが、「1人になりたい」と言い出したのは、私が「ジョホール・バルはシンガポーリアンが息抜きする歓楽街」とどこかで読んだ本の情報を紹介するのを聞いた直後である。一体、彼は何を求めていたのだろうか。
 シゲオが夜のジョホール・バルを彷徨していた頃、一方のシンガポールでは、4人を悲劇が襲っていた。昼のカレーが当たったのだ。2人ずつ別々のホテルに宿泊していたのだが、時を同じくしてトイレに駆け込み、そしてそのまま脂汗をしたたらせて悶えながら熱帯夜を過ごしたのであった。