マラッカ(2)

 次の日(3/13)、やることは何も無かった。たいがいの見る所は全て見た。ロビーでボーっとTVを見ていたら、管理人さんが「映画でも見てきな」と言って新聞を投げて寄こした。15:15からスーザン・サランドンとジュリア・ロバーツの“STEP MOM”をやる映画館が一番近くてよさそうだった。まだ11:00だったが、ユースを出た。時間が沢山あったので、またSt. Paulの丘に上った。実はこれで3度目だった。2度目は昨日の夕方。昼間上った時は暑いだけだったが、夕方ともなれば風が気持ちいい。海もここからだと青くてきれいだ。丘の下にある芝生のグランドでは地元のサッカーチームが練習している。St. PaulChurchの側で弾き語りをやっていたマレー人の“Blowin’ in the wind”も僕の胸をくすぐった。マラッカも悪くなかった。

 丘に上ると、昨日の夕方に上った時、顔見知りになったバチック柄の扇売りのオジさんとおしゃべりした。彼は昨日言ったものだ。「これは売値35M$。でももう終わるから20M$」特別まけてくれるんやと思い、それで少し親しみを感じて、又しゃべりに来たのだ。僕の目の前で、1人インド系マレー人が1つ扇を買っていった。「いくらで売った?」「15M$」「昨日は20m$って言ってたやんか」「They know price」僕は何も知らんということか。何か悲しくなって丘を下りた。
 まだ2:00前だ。丘の前の木陰で座ってたら見たことある奴が、広場の向こうから歩いてきた。Kだった。「まさか本当に会うとは」「意外とせまいなぁ」「今夜飲もう」そういえば、こいつもビール好きだった。「いいね」「どこにしようか?」「夕陽見るのにいい場所があるから、そこに7:00な」と、僕は初日に夕陽を見に行った所をKに教えた。「じゃあ、その時に」「じゃあ」

 映画を見て、ユースに戻り、シャワーを浴びてから、6:00頃に夕陽を見に約束の場所へ行った。釣り人やカップル、子供達で一杯だった。「今日はまだ天気が良い。何とかもってくれるかな・・・」甘かった。しかも、その日が最悪だった。6:30頃、急に雲が出てきて、あっという間に空を覆ってしまった。そして、物凄い雨が降り出した。スコールだった。ここには一応屋根はあったのだが、何の役に立たなかった。すぐにずぶ濡れになった。昨日の夕方、この旅で初めて小雨に遭い、余りの気持ち良さに「もっと降れ」とか思いながら濡れていたのがまずかったのだろうか。おまけに雷もひどかった。陸の方に、何本も稲妻が立つのが絶え間なく見えた。「仕方ない。待つか」と落ち着いていた周りの人と違い、僕は正直怖かった。7:00を過ぎた。Kは来ない。当たり前だ。来れるわけがない。僕はユースまでダッシュした。踵まで水につかりながら。
 戻ってすぐシャワーを浴びた。夕食を近くのマレー料理店(しかも24h営業!)で済ませた後、ユースの下のバーで独りでビールを呑んだ。明日(3/14)の11:00にシンガポールへ出発することになっていた。シンガポールでも3泊するわけだから、別に旅ももう終わりというということもなかったのだが、僕の中では「シンガポールに着けば、そこで旅は終わり」という気持ちだった。独りでグラスを傾けていたが、それまでの旅の何を回想するというわけでもなかった。というか、何も思い浮かばなかった。テータレがもう飲めなくなるんか、ということの方がその時の僕には大事だった。「家に帰れて嬉しいでしょ」カウンター向こうの、インドネシアから働きに来ているというエマという名の女の子が言った。「帰りたくないよ。やらなあかんこと沢山あるし」「いいね。旅することができるなんて」僕はそれに答えることができなかった。