四日目:理塘(2)

 街の北にある理塘寺の周辺はチベタン居住区で、チベット形式の住宅が並んでいるが、メインストリート周辺の新市街には漢人の商店が立ち並んでいる。街を歩くチベタンの多くは、郊外に住む遊牧民で、買出しに来たり、お茶を飲みにやって来ているようだ。マーケットの周辺を中心に、街はチベタンで溢れている。
 街の中心にあるマーケットから南に歩くと、道は真っ直ぐに大草原へと続いている。また、北に歩くと、理塘寺へ向かう途中には、赤地の旗に金色の文字で書かれた標語が踊る人民政府や解放軍の建物が続いている。小学校もあって、下校時間ともなればチベタンの子供たちがワッと溢れてくるが、彼らが話すのは中国語であって、そのヒーローはNBA選手のヤオ・ミンだ。
 チベット本土よりチベット色を濃く残すこの街も、変りつつあるらしい。

 ところで、チベット本土やラダック、そして富士山でさえ高山病にかかった僕が一番恐れるべきは、理塘のその高度、41,00メートル。しかし、案の定、高山病にかかってしまった。
 朝から頭痛がひどく、出て行った相部屋のドイツ人の代わりに入ってきた日本人旅行者に高山病の薬をもらって少し落ち着いたものの、相変わらず食欲は無いし、身体は重かった。昼過ぎまで街を散歩した後は、張さんの店や、通り沿いの茶館で、旅行者や店の人たちとお喋りをしながら過した。

 天気も、昼頃に少し晴れたが、すぐに曇り、そして、やがて吹雪になってきた。この雪では、いつ道路が封鎖されるか分かったものではない。こんなところで孤立してしまった日には、サラリーマン・バックパッカーとしては一番やってはいけない、帰りの飛行機に間に合わないという事態にもなりかねない。
 僕は、翌日の康定へのバスのチケットを買うことにした。同じバスで、アメリカ人とイタリア人の2人の旅行者も向かうことになっていた。