ダラムサラからの手紙


 ヒマラヤ杉にタルチョがはためくこの街では、ホテルの部屋の前のベランダのベンチに腰かけて、ビールを飲みながら時間をつぶすのが日課になっています。昼はぽかぽかして気持ち良いし、夜は山肌に散らばったまばらな夜景が美しい。

 このダラムサラという街は、とかく旅行者にとっては油断できない北インドにありながらも、どこか落ち着きを与えてくれる場所です。土産物屋やホテル、カフェなどツーリスティックな施設が立ち並ぶ通りを歩く人の顔も、ヒンドゥーチベタン、外国人と様々ですが、みんな丸みを帯びているような気がします。ここを訪れる旅行者の滞在がついつい長くなってしまうのも分かります。
 この独特の雰囲気の中でのんびり過ごすのも悪くないとは思うのですが、違和感を持ってしまっている自分もいます。法王公邸周りを歩くチベタンは、特に若い人たちはコルラというよりもウォーキングをしているようだし、法王公邸のゴンパはこれまで見てきたどこのゴンパよりも安っぽいし、チベタンのレストランで出されるのはベジタリアン料理ばかりだし。違和感をもたらす個々の要素はあれこれと思い浮かぶのですが、それらの根っこにあるものが、僕のように日本からダイレクトにここまで来た旅行者にはいまいち掴み切れません。長い旅の果て、あるいは途上で辿り着くのであれば、感じるところもまた違うのかもしれませんが。
 とにかく、日本からほとんどダイレクトにここまでやって来た僕としては、このチグハグな感じを抱えたまままま帰るよりは、もう少し変化がほしいところです。敢えて喧噪のデリーに戻るか、あるいは予定を早めてチャンディガールでル・コルビジェの建築でも堪能するか少し迷ったのですが、思いつきでマナリに行ってみることにしました。マナリには、なんでも温泉があるらしいのです。美しいヒマラヤを眺めながらの温泉とビール。この組み合わせは人を惹きつけてやみません。

 ビールがなくなってしまいました。今日は朝から8kmほど離れたトリウンドというヒマラヤを仰ぐ絶景ポイントまでトレッキングしてきたので、そのご褒美として空けた一本です。距離だけ聞いていて少しなめていたのですが、途中で道を間違えたり、転んで足を挫いたり、妙な草に触れてしまって手が痺れたりと散々でした。もっともその分、トリウンドからの万年雪を頂いたヒマラヤの眺望とそこで飲んだチャイは、本当に素晴らしかったのですが。
 ちょっと冷えてきたし、そろそろ切り上げた方が良さそうです。隣の部屋のムラタ君が帰って来たら、晩ご飯の時間です。ルンタ・ハウスで日本食にするか、チベット料理屋でモモでもつまむか。ともあれ、その前に、チャイでも飲んで温まってくることにします。