坂の多い街にて


 俺の名前はシン。22歳だよ。近くのダラムコットの生まれさ。高校を出てすぐこのホテルに来たから、もう3年になるな。オーナー一家も住んでるけど、実際に取り仕切ってるのは俺だよ。この辺じゃまだ新しい方だからいろいろやんなきゃいけないのに、全部俺にやらせてるんだ。気楽なもんだよ。

 今朝出て行った日本人のことだって? あぁ、あのオレンジのダウンジャケットを着たやつのことね。あいつ、「これ、ラマの色だろ」とか嬉しそうに言ってっけ。妙なやつだよ。
 このホテルに来たのは4日前だったかな。ロウワー・ダラムサラからのタクシーから二人で降りてきたところを引っ張って来たんだ。そう、二人。もう一人も日本人だよ。チャンディガールからのバスで一緒になったって言ってたかな。普通はマクロードガンジまでダイレクトで来るツーリストバスで来るのに、わざわざローカルに乗るなんて、金があるのに物好きなもんだよ。今の時期、客はだんだん少なくなってくるから、ちゃんと捕まえないといけないんだよ。だから値段も下げてるんだ。相場でからみても良い値段だと思うよ。

 そう言えば、あの日本人に「この街が好きか?」ってきかれたな。昼間っからベランダでキングフィッシャー・ストロングあおって、ちょっと酔っ払ってたよ。うちのホテルのベランダからの眺めはいいからな。
 坂ばっかりの街だけど、俺は好きだよ。そう答えた。確かに田舎で何もないけど、夕陽もきれいだし、友達もたくさんいるし、それに"シャンティ"だし。そして何より、俺が生まれたところだからな。当たり前だよ。
 でも、チベタンのやつらはどうだろうな。この街を「出たい」って言ってるやつは多いよ。手っとり早い方法はこの街にやってくる旅行者の女をつかまえるのさ。最近はインド人の客も増えたけど、やっぱり外国人だな。俺はたま楽しむくらいで十分だけど。去年、ドイツ人のガールフレンドと一緒に行ったんだよ。あれは楽しかったなぁ。彼女とは今も連絡取ってるよ。
 おっと、話がそれた。チベタンのやつらが来てからもう50年だっけ。ずいぶんになるもんな。ここはそうでもないけど、俺たちヒンドゥーチベタンとの仲も微妙なもんだよ。あいつら喧嘩っぱやいし。俺はいいんだよ、お蔭で商売できてるわけだしさ。でも、マナリじゃ一昨年ちょっとした小競り合いもあったらしいぜ。どっちにしても、工事現場で働いてるネパーリーよりはいいよ。

 悪いけどもう行かないと。そろそろデリーからのデラックスバスが着くんだ。あの日本人が出ていったから次の客を探さなきゃいけないんだよ。