プンツォリンからの手紙

 顔面ホームベースT氏の「ブータン旅行に連れて行ってあげるから暫く俺の友達の家に泊まってると良い」という一言で、僕たちは都合5日間、この街にいることになってしまいました。泊めてくれたのは、T氏の遊び仲間のうち、マイカーも持っていて一番金持ちそうで、一番人の良さそうなGくん。
 T氏の遊び仲間は、法曹関係の公務員であるT氏を筆頭に、エンジニアやプログラマなど、ブータンではそれなりの暮らしを送っているアニキたちです。仕事が終わると毎晩、(必要以上に、としか僕には思えない辛さの)ブータン料理屋に繰り出したり、サッカーを観たり、あるいはトランプをしながらワイワイとやっていました。僕たちも楽しかったし、彼らにしても、客人をもてなすのが楽しくて仕方ない様子でした。

 けれども、彼らも仕事があるので、始終僕たちの相手をしてくれるわけではありません。日中はリョウと二人です。
 前にも書いたように、プンツォリン(あるいはジャイガオン)は、小さな街です。1時間もあれば一周できてしまう。娯楽もない。映画館でローカル抒情たっぷりで、しかも4時間を超える大作がずらりと並ぶブータン映画を見るか、役所の前のグランドでやっている「ダ」をぼんやり眺めるくらいしかありません。
 「ダ」というのは、ブータン弓道とでも言うべき競技です。1チーム数人のチーム対抗戦で、お互いに50メートルほど離れた相手の陣地に置いてある的を目がけて交互に弓を射る。それだけのことなのですが、一回射る度に「ウっホッホー」みたいな感じで歌いながら舞うので、時間がかかることこの上ない。朝から晩まで延々とやっているのです。しかも、何でも地方トーナメントの何回戦だかで、消防署のチームとどこかの会社のチームの試合を、平日に。
 それを見る方も見る方なのですが、要は、退屈なのです。

 とは言え、退屈だったのは僕たちだけではなかったようです。T氏たちもよく「Boring(退屈だ)」という言葉を口にしていました。ブータンと言えば、外国の情報などを意図的に遮断し、「GNH(国民総幸福量)」という言葉に表されるような「物質より精神の幸せを求める」ということを国の方針としていることで知られています。けれども、僕が出会った彼らは、微妙に開かれた小さな街で、閉ざされることによるささやかな平和と茫漠とした閉塞感の間で揺れているように見えました。

 さて、僕たちのブータン潜入がどうなったのかと言うと、結局果たせませんでした。T氏が何度か交渉してくれたようなのですが、やはり厳しかったようです。
「思ったより厳しかった。以前に同じような手口で旅した外国人もいたので大丈夫と思ったんだけど…。時勢の影響もあるかもしれない」
 T氏は「Sorry」を何度も繰り返しましたが、当然、彼のことを責めることはできません。これから、シリグリに戻ります。T氏たちには再び「boring」な、しかし平和な日常が戻ってくるでしょう。