高野秀行『未来国家ブータン』

ブータンがブームのようだ。GNH(国民総幸福量)などのユニークな取り組みもさることながら、昨年の国王夫妻の訪日が決定打になったような気がする。
自分が過去に訪れた国がブームになって再び気になる…そんなところに、高野秀行さんの新著がブータンものということで、旅の本屋のまどで開催された高野秀行さんトークイベント「不思議の国、ブータンの辺境旅」に行ってきた。

未来国家ブータン

未来国家ブータン

トークイベントは、50-60人くらいの人で立ち見が出る程の盛況で、特設サイトで紹介されているようなスライドに、生物資源ハンターの二村聡さん(本にも書かれているとおり、高野さんをブータンに送りこんだ張本人)との対談を被せるというスタイルで進んでいった。内容は、基本的に本に書かれていることをなぞっていくような感じだったので(僕はその時点では本を読んでいなかったので、興味深く聞けたけれど)、特にここで改めて紹介することもないだろうということで割愛。そして最後に、フロアからの質問を受け付けてもらえたので、気になっていたことを尋ねてみた。
「高野さん、ブータンの人々は『退屈だ』と言ってませんでしたか?」
僕自身、2001-2002年の旅の途中、ブータンのプンツォリン(ここはインド国境の街でビザなしで入れる)でブータン人の家に1週間ほどお世話になったことがある。委細はともかく、この間、当時の僕より少し上(恐らく20代後半)のアニキたちと、食べたり飲んだり遊んだりと楽しく過ごした。その時に感じたことを、僕はこう書いた。

T氏たちもよく「Boring(退屈だ)」という言葉を口にしていました。ブータンと言えば、外国の情報などを意図的に遮断し、「GNH(国民総幸福量)」という言葉に表されるような「物質より精神の幸せを求める」ということを国の方針としていることで知られています。けれども、僕が出会った彼らは、微妙に開かれた小さな街で、閉ざされることによるささやかな平和と茫漠とした閉塞感の間で揺れているように見えました。

T氏というのは、アニキたちのリーダ格のエリート公務員。彼らが仕事で不在の昼間に時間を持て余していた僕のみならず、彼らもやはり「退屈だ」というのがとても印象的で、それがずっと引っかかっていたのだ。
そして、高野さんの回答。
「退屈だろうと思いますよ。何より僕が退屈だった」
高野さんの分析によると、「ブータンは政策・宗教の両面から国民が「悩まなくてよい」「現状で満足できる」システムが巧妙に構築されている。従って、変な人や場所もあまりない。だから退屈」とのことだった(本にも書いてあることとも被ることは、後で読んでから分かった)。
これは僕としても、大いに共感できることだった。現在のブータン・ブームは、どちらかと言えばGNHなどの流れで、ロハス×エコな文脈で切り取られることが多い。無論、それはそれでブータンという国の一面には違いないのだが、何でもそうだが物事は単純ではない。例えば、本でも示唆されている、少数民族との関係や被差別民の存在も、日本で流布されているブータンのイメージとは全く異なるものだ。雪男の調査を掲げて笑いを誘いつつ、ブータンという、「ディズニーランド」或いは「日本のパラレルワールド」のような国の核心に迫ろうとするルポとして、この『未来国家ブータン』という本は、(無論、前にここで紹介した今枝由郎『ブータンに魅せられて』も素晴らしいが)最近のブータン本の中でも出色の出来だと思う。心残りと言えば、イベント終了後のサイン会に参加できなかったことくらいかな。