佐々木悦蔵『樺太土人語日用会話』

樺太土人語日用会話 / 佐々木悦蔵編 東京 : 武装堂, 1905(明治38)年8月
旅行者:佐々木悦蔵(?-?)
渡航先:樺太(サハリン)
渡航時期:1900年頃

 厳密に言えば、この本は旅行記ではないし、著者も旅行者ではありません。しかし、人が見知らぬ土地に出る際の“道しるべ”となるのが先人が残した「辞書」という観点から考えると、辞書も「旅行記」と言えないこともないのではないでしょうか?(強引?)

<表紙>

 この本は、全26ページにしかならない、樺太アイヌ(エンチュー)語という非常にマイナーな言葉のための簡易な語彙・例文集なのですが、非常に面白い一冊です。
 1905年の7月、日本はロシア領樺太(サハリン)を制圧しますが、そのわずか1月後に、樺太に住むのアイヌの言葉の辞書が、日本軍のサハリン経営の一助になるようにと刊行されたのです。

 著者の佐々木悦蔵という人については詳しいことは分かりませんが、元々はサハリン近海の漁師で、そのため、樺太アイヌ語にも通じていたようです。執筆当時、彼は朝鮮半島で活動していたそうですが、その際に朝鮮駐留日本軍の世話になっていたことから、その恩返しということで、一念発起してこれを書き上げたそうです・・・(この辺りは「緒言」に書かれていますが、当時の辞書「緒言」には著者の熱い思いがぶちまけられているので、意外に面白かったりします)。

 内容は、日本語とカタカナ表記のアイヌ語の並列しただけ。例文は軍隊関係のものがほとんど。本の後ろ10ページが空白=メモ欄になっていて、実際に現地に携行されることを想定されているところは、なんともリアルです。

 薄っぺらい辞書ですが、当時の人が何に興味を持ち、何を理解しようとしていたのかを探る上で、貴重な史料となっています。
 

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 蛇足ですが、<土人>という言葉を使うことで不快に感じられる方もおられるかもしれませんが、当時の事情を窺える史料としてそのまま出しました。ご了承ください。