曽布川寛・吉田豊『ソグド人の美術と言語』


ソグド人の美術と言語

ソグド人の美術と言語

第1章 ソグド人とソグドの歴史 (吉田豊
第2章 ソグド人の壁画 (影山悦子)
第3章 ソグド人の言語 (吉田豊
第4章 中国文化におけるソグドとその銀器 (斉東方 /訳:古田真一)
第5章 中国出土ソグド石刻画像の図像学 (曽布川寛)

まずは、本邦初のソグド人だけを扱った概説書の登場を素直に喜びたい。
思えば、私が大学に入った1990年代後半というのは、ソグド研究にとって大きな転機となった時期だった。それまでは、ソグド本土における考古学の成果主にがロシアの研究者によって蓄積され、また、漢籍敦煌トルファン等の出土文書、そして墓誌銘を用いた文献研究も日中の研究者により着実に進められてきたのだが、太原や西安北朝〜隋代のソグド人の墓が発見されると状況は一変した。墓からは、墓誌銘だけでなくソグド人の生活や宗教観をモチーフにしたレリーフが埋め込まれた石棺が出てきたのだ。私は、すでに8-9世紀の長安に生きたペルシア人トルコ人夫妻の墓誌銘を扱った卒業論文に着手していたが、中国の考古学雑誌が毎月のように何かしらの新発見の成果を載せるのを目にする度に、大学院ではこれらを扱おうと思っていたものだ。
余談だが、太原で発見された虞弘墓の石棺は、2001年の中国旅行の際に直接見ることができた。当時の旅行記に詳しく書いたのでここでは繰り返さないけれど、嘘八百並べ立てて何とかモノを見せてもらえたあの時の感動は今でも忘れられない。


閑話休題。その後、私は早々に大学院を出ることになってしまった。それでもこの分野には関心を持ち続けていたが、あまりに膨大な数の論考が日中、そして時には欧米から出されるので、結局追い切れなくなってしまった。特に中国での論文発表数は、玉石混交ではあったものの尋常ではなかったし、日本でも、中国史の研究者が漢文史料によるソグド人研究に進出していた。一方で、フランスでは古代イラン語・アラブ語の素養を持ったフランスの研究者が、それまでのソグド人研究の集大成とも言えるような大著をものしたりしていた。ソグド人研究は、いつの間にか学会の「花形」として「流行」していたのだった。そのような状況に私は食傷気味だった。
そして、この1,2年はそのブームがひと段落したかなと思っていたところに、本書の登場である。しかも書き手は、世界でも数人しかいないソグド語文献学者・吉田豊氏と、その弟子でソグド図像学の専門家である影山悦子氏、そして唐代の金銀器研究で名を馳せる斉東方氏に中国古代図像学の曽布川寛氏である。ここ10年の「流行」前からそれぞれ研究を蓄積されてきた一線級の研究者が最新の研究成果や新たな知見を盛り込んで書く概説書が、面白くないはずがない。しかも、この10年で濫発された成果から拾うべきものを拾っているので、非常に助かる。あまりに内容が濃すぎてある意味「概説書」の範疇を超えている気がしないでもないが、「シルクロードに興味を持つ人々に正確かつ最新の研究成果を提供する」という本書の目的(使命)を考えればやむを得ないかもしれない。いずれにせよ、今後のソグド人研究は、本書の上に進められていくことになるのは間違いない。