野沢濶『記事紀行文』

野沢濶 『記事紀行文』大阪, 岡本偉業館, 明治37(1904)年, 247p.

<本文>

本書は旅行記ではなくエッセイ集なので、本来であればこのシリーズで紹介することはないのだが、読んでみると著者の野沢にもヨーロッパへの留学経験があったことが分かる。ここでは、その中の「仏京巴里の図書館に至るの記」という短い文章に注目してみたい。
パリの大学で二年にわたり哲学を学んでいた野沢は、大学の50周年記念に際しての一週間というまとまった休暇を利用して、「仏国屈指」という「某図書館」に赴いた。「某」となっているが、

館の構造、室の設備、縦覧規則、書籍の配置等を始として、之が収蔵貸附の順序に至るまで、最も好く調頓せり。殊に書籍の種類きわめて多く、世界万邦の巻冊既千万を以て算えらる。

という記述から察するに、フランス国立図書館のことだろう。
さて、野沢は一週間図書館にこもって、哲学関係の本を読み漁ったらしい。それなりに充実した時間だったのだろうが、一方であまりの本の多さに辟易したようで、

  • 今の著者・出版者・印刷者によって生み出されている書籍の9割は、人にお金を遣わせる以外の目的を持たない(=役に立たない)。
  • こういった本の記述の中には、「空語」「虚事」など信用できないものも多いので、多くの「乱擾複雑」な本を読むよりは、「正実謹直」な1冊を読むべきである。

という感想で、このエッセイを結んでいる。
今も昔も、情報環境への人間の認識というのは変わらないようだ。