荒川正晴『ユーラシアの交通・交易と唐帝国』


大学・大学院時代の指導教官だった荒川先生の、これまでの研究成果の集大成(2008年に大阪大学に提出した博士論文がベース)とも言うべき一冊となれば、9,500円という値段に躊躇することなど許されようか。ということで購入。「旧来の研究の枠組みだけでは処理できないユーラシア東部世界の新たな歴史像の構築に少しでも貢献し、さらにこれまで概説書などで往々に見られた所謂「シルクロード」の交通と交易に対する誤解や根拠のないイメージを払拭させるものとなれば、これに勝る喜びはない」ということだが、正しくそんな一冊だ。出土文書を丹念に読み解いて紡ぎだされた論理展開は非常に明快で、知的興奮に満ちている。

ユーラシアの交通・交易と唐帝国

ユーラシアの交通・交易と唐帝国

序言 本書の視角と課題
第I部 トルコ系遊牧国家とオアシス国家
 第1章 トルコ系遊牧国家の成立と交通システム
 第2章 オアシス国家・遊牧国家とソグド人
 第3章 オアシス国家の接待事業と財政基盤
第II部 唐帝国とユーラシア東部の交通体制
 第4章 唐代公用交通システムの構造
 第5章 唐代河西以西の交通制度(1)
 第6章 唐代河西以西の交通制度(2)
第III部 唐帝国と胡漢商人の移動・交易
 第7章 唐帝国と胡漢の商人
 第8章 唐の通過公証制度と公・私用交通
 第9章 唐の河西以西への軍物輸送と商人
 第10章 唐の支配と交易・経済環境の変動
小結
結語

収録されている論考の大半は(再構成・補記されているとは言え)学生時代に読んだものばかりなので、今更がっつり読むということもなく、時間のできた時にパラパラと読み返す程度。それでも手に取る度に、出土文書ゼミや漢文購読ゼミでの穏やかな語り口調に包まれた辛辣なコメントや、本や論文を借りに研究室のドアを開けた時には嫌な顔ひとつせずに愛想よく出迎えて頂いたことを思い出す。いつかどこかで、先生の学恩に報いる機会があればよいのだが。
ともかく。いくらなんでも(内容的にも値段的にも)ハードルが高い!という方は、こちらの方をまずは手に取っていただくと良いのではないだろうか。

オアシス国家とキャラヴァン交易 (世界史リブレット (62))

オアシス国家とキャラヴァン交易 (世界史リブレット (62))

話は変わるが、数年前のことだったか、研究室で助手をやっている先輩から「引き取り希望のない卒論は破棄することになったので返事がほしい」ということで連絡があった。確か、引っ越しに伴うスペースの縮小のためとかそういう理由が述べられていたと思う。致し方のないことだと理解はできる一方で、自分が精魂込めて書いた論文が自分の母校には残らないということが、何だか親に見捨てられたような気がしてさびしく思ったことをよく覚えている。
当時はそうではなかった、今はデータでの提出もやっているだろうから、後輩たちにはそんな思いはさせてほしくないと思っている。