コックスバザールからの手紙

 チッタゴンには明け方到着し、そこでバスを乗り換えてコックスバザールにやって来ました。ミャンマー国境に近くなるこの辺りは、バングラデシュで多数派を占めるベンガル人ビルマ系の少数民族が入り混じる場所で―政治的にも色々あるらしいのですが―、人々の顔つきや街の雰囲気もダッカとは少し違っています。
 コックスバザールはダッカの富裕層のリゾート地らしく、一緒にバスを降りた人たちの服装もリゾート客のそれでした。僕たちはバス・ターミナルからリキシャに乗って、街外れにある小ざっぱりしたゲストハウスに入りました。これまでの宿のランクで言えばちょっと高いかなというところだったのですが、リゾート地だけあって、僕たちのような貧乏旅行者をターゲットにしたような宿はあまりなかったので、やむなくといったところです。折から不調を訴えていた相棒のリョウはかなり最初から「もうここでええやん」と言っていたのに、安宿にこだわってしまったのはちょっと反省すべきかもしれません。

 さて、宿に入って少し休憩していると、ボーイがノックして入ってきました。ニヤニヤと悪い笑みを顔に浮かべながら。
「女はいるか?アルコールは?」
 さすが、イスラムのリゾート。尋ねられることも他と少し違います。さすがに夜行バスで疲労困憊だった僕たちは「いいよ、金ないし」と断ったのですが、ボーイは「ここまで来てこの申し出を楽しまない奴の存在は信じられない」とか何とか言いながら、なお食い下がります。
「じゃあ、ラジカセはどうだ?」
 これには、さすがに僕たちも吹き出してしまいました。そう言えば、フル・ボリュームで音楽を鳴らしたラジカセを担いだ若者をよく見かけたのでした。もちろん、断りましたが、ボーイはどうにも納得できなかったらしく、首を振りながら部屋を出て行きました。

 ここまで来るとさすがに暑く、となるとビーチに行かない手はありません。昼過ぎ、僕たちはリキシャに乗って、途中、カツオのカレーで腹ごしらえし、水着とビーチ・ボールを買い込んで、ビーチに行きました。
 が、ビーチは勝手に東南アジアのビーチの素晴らしさを想像していた僕たちの期待を裏切るには充分のあり様でした。ベンガル湾の海はそんなに青く透き通るわけでもなく、ビーチは褐色の先客と彼らが乱立させるビーチ・パラソルで埋め尽くされていました。そして何より、泳いでいる人間が誰もいなかったのです。やはりここは、イスラムのリゾートなのでした。
 けれども、本を読んだりしてまったりしているうちに迎えた夕方、僕たちは逆に予想以上に素晴らしい夕陽に遭遇しました。これでイーブンでしょう。