ダッカからの手紙

 街を歩いていて、通りすがりの人に声をかけられたり、握手を求められたり、あるいはちょっとお茶でもと思って立ち止まるとすぐに数十人単位の人々に包囲され、そして凝視されたり。
 そんな経験、あるでしょうか。有名人になった気分とでも言いましょうか。僕はダッカに来て、外国人旅行者というえだけで、そんな感じで人々の好奇の目にさらされています。アジアの国をこれまで幾つか歩いてきましたが、こんなことは初めてです。
 それにしても、このダッカという街ときたら。排気ガスによる空気の淀みっぷり。人口の密集度。街の汚さと喧噪。旅行者向けの施設の貧弱さ。偉そうな小役人。どれをとっても良い所がないのに、それでも僕は、この街の雰囲気は嫌いではありません。屋台の周りをぐるりと囲まれた中で、ちょっとスパイスの効いたチャイとフィッシュカレーを食べるのも、慣れると面白いものです。

 バングラデシュと言えば何を思い浮かべるでしょうか?街を行き交うリキシャを華々しく飾り立てるリキシャ・アート(僕もお土産用に幾つか買い込みました)も最近注目されていますが、僕にとってはジョージ・ハリスンGeorge Harrison、1943-2001)です。彼はThe Beatlesの一員として有名ですが、むしろソロになってからの方が、僕には興味深い。良い音楽を生み出すと同時に、インドに傾倒し、1971年にはチャリティー・コンサートの魁とも言うべき「バングラデシュ・コンサート」を開催しました。
 彼は奇しくもつい先月(2001年11月)に亡くなったのですが―彼の遺体がガンジスで荼毘に付されていた…なんていう話もバックパッカーの間で噂として流れていました―、今朝、ダッカの独立記念博物館に立ち寄ると、ジョージ追悼のポスターが売り出されていたのです。30年も前のことなのに、きちんと感謝の意を示したバングラデシュの人々に、僕は心から感動を覚えました。

 さて、僕たちがバングラデシュに来たのは、「恐らく新年に関するエンターテイメントが何もないであろうバングラデシュで、敢えて新年を迎える」という酔狂以外の何物でもない目的のためなのですが、この街は僕たちの期待を裏切らないどころか、あまりに何もない。昨日の夜、オールド・ダッカの一角で開かれていた年末ストリート・コンサートで子供たちと一緒に「Happy new Year !!」と叫んだ以外は、年の瀬を思わせるものがこの街には一切ない。
 想像を超えたこの惨状に、リョウと僕は「これならカトマンズでタダヒコたちと楽しくやってた方がよかったなぁ」と愚痴をこぼしながら、チャイのカップを傾けたのでした(イスラム圏なのでアルコールもない…)。

 ウサマとサダムが「英雄」として扱われるこの街とはひとまず今日で別れ、これから南に向けて出発します。明日、つまり元旦の明け方には、チッタゴンに着いているはずです。今夜のバスは近鉄バスの中古車。ゆっくりと寝られるといいのですが…。