矢津昌永『朝鮮西伯利紀行』

矢津昌永 『朝鮮西伯利紀行』 東京, 丸善, 明治27(1894)年, 132p.

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1863年熊本生まれの地理学者・矢津が、熊本の第五高等中学校奉職中の明治26(1893)年に行った朝鮮半島・シベリア旅行の一部始終を収めたのが本書である。旅程としては、釜山から元山、ソウル、仁川、ウラジオストックと北上していくルートである。
この旅の目的にについて、矢津は「余が今回の遊意」という一節で、下のような一文を載せている。

余素と外遊の志あり。然れども、先づ此等、東洋各国に遊び、其実況を目撃し、而して漸次、西部に及ぼさんとは、又是れ宿願なりき。明治二十六年、偶々夏期休暇を得たり。是に於て先づ朝鮮に渡り、其人物風情を探り、次で魯領浦塩斯徳に航して、西伯利に遊ぶ事に決し、旅装勿々単身飄然として、茲に外遊第一着の途に、上るに至れり。

本書の特徴の一つは、後年の地理学者としての矢津を彷彿とさせるように、各地で気温や人口などの種々のデータを集めたり、風俗を詳細に記したり、さらに末尾では主な交通機関の費用や宿代などもきちんと記録しているところだろう。図らずも、彼の旅行の翌年(1894年)に日中戦争が勃発した。そういった意味では、タイムリーな一冊とも言える。
ともあれ、後年の日本を代表する地理学者を形作った若き日の旅が、ここには記されている。

参考文献;