黒板勝美『西遊二年欧米文明記』

黒板勝美 『西遊二年欧米文明記』 東京, 文会堂書店, 明治44(1911)年, 824p.

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黒板勝美(1874-1946)は、『国史大系』の編纂で知られる長崎県出身の国史学者。明治41年からの2年間、アメリカ、イギリス、ルーマニアギリシャ、ドイツ、イタリアなどを巡歴した欧米私費留学の際の見聞をまとめたもので、主に文化・芸術教育系の社会インフラについて記述している。
図書館については、アメリカでは国民最大の誇りとして、ボストン・シカゴ・ニューヨークの公共図書館や議会図書館の設備の充実ぶりや所蔵資料の目録カードや巡回図書館などの当時の最先端サービスを紹介している。また、バチカンでは、法王宮の図書館の古文書の充実ぶりやそお分類手法の手際の良さに感心している。
このように、図書館のみならず、博物館や文書館、美術館、動物園など、様々な施設の充実ぶりを羨望の眼差しを交えながら紹介し、日本への導入を説く本書の記述は、富国強兵に勤しむ明治日本にあっては、多数派では決してなかったであろう。しかし、序文で述べられている彼のスタンスは、歴史学者ならではの冷静かつ的確な指摘であり、そして今もなお傾聴に値するものではないだろうか。

余は国民的自負心に於て敢て人に譲らぬと思ふが、未だ「誤れる愛国者」たることを欲せぬ。欧米諸国に遊んでもまづ痛切に感じたのは、猶ほ多く彼に学ぶべきものがあることでつた。我が国の精華を保存し助長すると同時に彼の特長にして採るべきものの更に少なからざるを信じたことである。過去数十年間に輸入された文明は多く物質的に偏し僅にその皮相を得たるに過ぎなかつたではあるまいか。光明ある精神的方面に至つては今後欧米に遊ぶものが一層注意すべきことではなからうか。この点に於て余が力めて縷述せるところは、恐らく世のショウヴィニストに満足せしむるを得ぬかも知れぬ。