#141


2015.10 Yamato-Saidaiji, Japan.

どうあっても間違いないことは、我々が汽車その他から降りた場所は、我々が住んでいる所ではないということである。
吉田健一「帰郷」

汽車旅の酒 (中公文庫)

汽車旅の酒 (中公文庫)

勉強会@中央線RT2017〜水無月を開催

(47) 2017/6/9 高円寺HACO 内田伸穂(ソフトバンクロボティクス)「ロボットと体験・意識・ビジネス」

今回はロボットをテーマに選びました。

街で見かけても、観光客とお子様以外には見向きもされなくなっている、人型ロボット。鉄腕アトムドラえもんに親しんだ私たちが期待するものは、このレベルではないはず。果たしてこれからインパクトをもたらす存在になっていくのでしょうか。  
人型ロボットが世に出たことで、人々の体験や意識の変化が進行し、様々な企業がロボットのビジネス活用を模索しています。その実情を知ることで、「人型ロボットのいる世界」が私たち自身をどんな影響をもたらしていくのか想像してみませんか。
日本IBM、デロイトトーマツコンサルティング自動車産業担当、東南アジア駐在を経て、現在ロボティクス産業を満喫している内田さんに、事業目線でロボットについて語っていただきます(図書館や教育機関の事例にも言及していただきます)。

「人型ロボット」の当面の活用場面としては、人間とのコミュニケーションに最適化しようとしたデバイスとして*1、人間の「代わり」というより「補助」という立ち位置で、同じことを繰り返すようなコミュニケーションが必要とされる場面で力を発揮しそう…という印象です。個人的には、図書館などのシニア層・キッズ層が一定数おとずれる公共施設や、(規制は厳しそうですが)介護施設での活用の可能性を強く感じました。今、そこかしこで見かけるPEPPER君の海外展開はこれからだそうです。生活習慣や規制などが日本と異なる各国でどのように使われ、そしてどう可能性が広がっていくのかも楽しみです。
また、ロボットに積極的に投資するソフトバンクのスタンスも興味深いです。人工知能の開発に投資するGoogleIBMMicrosoftといったIT巨人とどうつきあっていくのか、そして将来の勢力図はどうなっていくのかも楽しみです。

*1:「人型」という形状自体が面白いですね。その形状をしているだけで、人間側が勝手に様々な感情を移入してくるので。

「汽車中の図書室 簡単なる旅中の伴侶」

このネタの投稿はかなり久しぶりだが、前エントリー「和田万吉の「旅客の為めに図書館(2012/8/15)」の続きを、備忘をかねて。

シベリア鉄道紀行史―アジアとヨーロッパを結ぶ旅 (筑摩選書)

シベリア鉄道紀行史―アジアとヨーロッパを結ぶ旅 (筑摩選書)

最近読んだ『シベリア鉄道紀行史:アジアとヨーロッパを結ぶ旅』において、1911年(明治44年)6月23日の朝日新聞に掲載された「汽車中の図書室 簡単なる旅中の伴侶」という記事が紹介されていた。概要は次のとおり。

  • アメリカ横断鉄道やシベリア鉄道等の欧米の長距離鉄道に設けられている図書室を参考に、鉄道院が神戸〜新橋間の鉄道(1,2等列車)に試験的に設けることにした。
  • 喫煙室の一角に書架を設け、本を(120-130冊くらい置きたいところ)差し当たり40冊ほど置いて、乗客に提供する。車掌が管理を担当する。
  • 本は、富山房から寄贈してもらった物語、狂言、紀行文、見聞集、寓話、講釈、笑談といった名著文庫で、あまり頻繁に交換する必要が無いものにした(広告的に新刊を置くこともあるが)。

この試みがどうなったのかは分からないが、日本で列車内の図書室があまり広まらなかったことを踏まえると、イマイチな結果だったのだろう。
前のエントリー紹介した坪谷善四郎の「汽車内備附図書に就ての希望」(1918年)も、もしかしたらこのときの試みを参考にしたものだったのかもしれない。
とは言え、「汽車に図書室を設ける」というアイデアだけに限れば、もう少し遡ることができる。1900年(明治33年)の朝日新聞に「貸出図書館設立の計画」という記事があり、ここには、

  • 馬越恭平黒田綱彦・五十嵐光彰・杉本市郎平・武内忠次郎・日下部三之介等10余人が株式会社貸出図書館の設立を計画している。
  • 月々の利用料を一般サービス:25銭、特別サービス50銭に設定し、神田の本店から各地の支店を経由して各地の利用者のもとに新古の参考書、定期刊行物、日刊図書を配達して閲覧してもらう…という事業。横浜、京都、大阪といった大都市に「支館」を設置して所蔵図書を融通しあうとともに、また、汽車にも備え付け、旅客の閲覧に供することも考えている。

という趣旨のことが書かれている。
この記事の最大のツッコミどころは「株式会社貸出図書館」という企画そのものなのだが、これについてはまた改めて。

  1. 和田万吉の「旅客の為めに図書館(2012/8/15)
  2. 『図書館雑誌』2012年8月号に「マレビト・サービス」を執筆(2012/8/14)
  3. マレビトサービス#2:西牟田靖編(2011/5/15)
  4. 同時多発的お花見ストリーム/マレビトサービス#1:石田ゆうすけ編(2011/4/7)
  5. 地域と観光に関する情報サービス研究会第三回研究会(2011/3/25)
  6. 地域と観光に関する情報サービス研究会第二回研究会(2011/2/22)
  7. 地域と観光に関する情報サービス研究会第一回研究会(2011/1/23)
  8. 地域と観光に関する情報サービス研究会(マレビトの会)発足(2011/1/11)
  9. 図書館と観光:その融合がもたらすもの(2010/12/27)
  10. Airport Library @スキポール空港(2010/9/8)
  11. 鼎談「まちづくり・観光・図書館」(2010/7/5)
  12. 観光と図書館の融合の可能性についての考察(2010/5/1)
  13. アーバンツーリズムと図書館(2009/3/24)
  14. Tokyo's Tokyo(2009/3/4)
  15. 旅の図書館(2009/2/12)
  16. 南益行の「観光図書館論(2009/1/27)
  17. 旅人のための図書館を夢想する(2008/12/27)
  18. 蛇足 「八重山図書館考」(2008/10/10)

柳本浩市展に寄せて

柳本浩市展「アーキヴィスト―柳本浩市さんが残してくれたもの」に行ってきた。

柳本さんと最初にお会いしたのは、「何に着目すべきか」というイベントの壇上。友人に声をかけてもらって何の予備知識も無いままに柳本さんと対話したのだが、自分の体調が良くなかったこともあり、その場は消化不良に終わってしまった。正直、何を話したのかももう覚えていないが、「集める」「残す」ということの意味について、とても話の合う人だと思った記憶がある(展示場で販売されている冊子に、この時の対話を柳本さんが振り返るインタビューが掲載されている)。

その後、(とある集まりで顔を合わせて挨拶したものの)しばらくご無沙汰してしまっていたところにメールをもらい、柳本さんの対談をすることになった。対談自体は、自分としても仕事やその周辺の活動ばかりでなく、大学時代に歴史学を勉強していたことまで芋づる式にリンクしていく、非常に刺激的なものだったのだが、同時に、そこで初めて、コレクター、キュレーターそしてビジネスマンとしての柳本さんを知ったのだった。

共創がメディアを変える コミュニケーションで紡ぐ新しい電子出版

共創がメディアを変える コミュニケーションで紡ぐ新しい電子出版

  • 作者: 柳本浩市,田宗道弘,福林靖博,SPREAD(小林弘和山田春奈),西澤明洋,篠原一彦,内藤友規,和田晃一,望月明人
  • 出版社/メーカー: 中村堂
  • 発売日: 2014/11/28
  • メディア: 単行本
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自分の本業であるライブラリーの視点から、ぼんやりと「アーカイヴ」と「キュレーション」ということはそれまでも考えていたのだが、そこに決定的に欠けていた「マネタイズ」という視点をもたらしてくれるのではないか―そう思った。そこで、自分が主宰する小さな集まりに来てもらった。そこで、小さい頃からの収集癖と、ビンテージ・ジーンズやエアマックスなど集めたモノに「文脈」という付加価値を付けてビジネスを生み出してきたその手業の一端を紹介してもらった。
そして、ぶっ飛んだ。世の中にはこんな人がいるのか、と。

確かに「アーカイヴ」を「キュレーション」して「マネタイズ」している。そこにタネも仕掛けもなかった(ように見えた)。そこに、柳本さんがいただけだった。倉庫の年間維持費だけでひっくり返るような金額が必要になるほどのコレクションを使いこなせるのは、柳本さんだけなのだった。この人と一緒に、新しいライブラリーでありアーカイブを作れるのではないか…そう思った矢先の訃報は、本当に残念だった。

柳本さんのあのコレクションはどうなってしまうのか。有名なデザイナーの作品など、そのものに価値のあるコレクションはともかく、それ単体では「ゴミ」とされかねないガムの包装紙やチラシといった、柳本さんという稀代の目利きが介在して初めて価値の出てくるコレクションはどうなってしまうのか。コレクターの没後、そのコレクションが廃棄/散逸してしまうことは珍しくない話だ。
柳本さんを「ものを収集し、整理し、その価値を見きわめてアーカイヴをつくり、未来へ発展させていく人」、すなわち「アーキヴィスト」としてとらえ、その膨大なコレクションの一端を見せてくれる今回の展示は、その脳内イメージをぶちまけたような素晴らしいものだった。

しかし、未だ扱いの定まっていないらしいそのコレクションの行く末を思って気が重くなったのも事実だ。アーカイブそのもののビジネス・モデルが成立している(ように思える)David Bowie Archiveとはわけが違う。ファイリングのざっくりしたラベルを見れば分かるように、メタデータも整備されていない―そもそもこの分量を個人で整えるのは土台無理な話だ。このような展示は、恐らく最初で最後の機会になってしまうのではないか。
柳本さんは自らのコレクションをデジタル・アーカイヴ化して多くの人に開き、そこをプラットフォームして人工知能技術の力も借りながらキュレーションして新たな価値を生み出していくことを構想していた(上述した僕との対談も、そのコンセプトブックに載せるために行われたものだった)。それはもしかしたら、自分がいなくなった後でもコレクションが、少なくともアーカイブ上では散逸することなく維持され、そして活用されることまで考えた上でのことだったのではないかと、僕は思っている。だから、その構想が頓挫してしまったことが残念でならない。
展示に先立ち、展示の実行委員会の方から、柳本さんの残した未整理のコレクションと一緒に展示する、「アーカイブ」という言葉についての140字のコメントを欲しいというリクエストをいただいた。少し迷ったが、僕なりに「アーカイヴ」と、それと展示のテーマである「アーキヴィスト」という言葉を、柳本さんとの対話を思い出しながら、再定義してみることにした。

柳本さん、安らかに。

柳本浩市展
会期: 2017年4月29日(土)− 6月4日(日) ※会期中無休
時間:12:00-18:00
会場:six factory(約250m2)
東京都目黒区八雲3-23-20
入場料:一般500円、大学生200円(学生証提示)、高校生以下無料
主催: 柳本浩市展実行委員会
協力: 株式会社 良品計画

勉強会@中央線RT2017〜卯月を開催

(46) 2017/4/21 高円寺HACO 仲俣暁生マガジン航)「オルタナティブとしてのローカルメディア」

10周年目第一弾のネタは「ローカルメディア」にしました。
各地の図書館を巡るあれこれの見聞、数年前の実家処分、従兄弟たちの関西圏への回帰・定着、10年以上住む中央線沿線への目線、地方で本屋をやりたいという若者との邂逅…ここのところ気になっていた「ローカル」という言葉を、少し前に出た本を通じて知った「ローカルメディア」という言葉を通じて一度考えてみようというものです。

ローカルメディアのつくりかた:人と地域をつなぐ編集・デザイン・流通

ローカルメディアのつくりかた:人と地域をつなぐ編集・デザイン・流通

もっとも、雑誌などで前向きに取り上げられる田舎や地方といったイメージに収斂されるような「ローカル」には、東京に定着することを選んだ私自身、それほどシンパシーや前向きな展望も感じているわけではありません。都築響一さんが描くようなロードサイドのイメージの方が、むしろしっくりくるような実感を持っていますし、それが東京定着を選んだ理由でもあります。したがって、今の私には「東京の目線」でローカルについて語り考えることしかできません。
圏外編集者

圏外編集者

仲俣さんには、マガジン航が2016年から2017年にかけて主催したセミナー「ローカルメディアで〈地域〉を変える」の話を下敷きに、「東京在住の出版人」の目線からローカルメディアについて話をして欲しいとお願いしていました。
それを踏まえて仲俣さんが事前に書き起こしてくれたストーリーがこちら。自身が東京で体験してきた80年代以降の雑誌を中心としたメディア史を振り返りつつ、煮詰まりつつある?東京の地場産業としての出版メディアの「オルタナティブメディア」としてローカルメディアをとらえられないか?という問題提起です。

■概要
地元密着型の「ローカルメディア」への注目が集まっている。地方出版やタウン誌といった従来型ローカルメディアとは別の場所で、地方文化誌やリトルプレス、地方企業のPR誌が面白くなっているからだ。1990年代から2010年代にかけて、DTPやウェブの普及、地方が抱える深刻な問題の解決手法としての期待など、ローカルメディアをとりまく環境は大きく変わった。はたしてローカルメディアは、既存の出版やマスメディアの危機に対するオルタナティブとしてどこまで期待できるのか? 連続セミナー「ローカルメディアで〈地域〉を変える」の経験を踏まえての「マガジン航」編集発行人の仲俣暁生による報告。

■話の流れ
最大の問い:なぜ、日本のメディア(とくに出版)はこれほどまでに東京一極発信なのか?それこそが出版不況やメディア不信の元凶ではないのか?
1:個人史から。東京出身、東京近郊育ちの人間のメディア観=外部を知らない。
2:東京のローカル雑誌「シティロード」の経験(地方タウン誌の時代。1970〜80年代)
3:グローバル化に対応できなくなった東京のメディア(とくに雑誌)。1990年代〜
4:Act Local:『谷根千』の奇跡(1980年代〜2000年代)
5:「印刷されたブログ」としてのリトルプレス(2000年〜2010年代)
6:東日本大震災を経ての気付き(『AERA』の「放射能が来る!」への違和感)
7:『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社)の出版(2011年)
8:出版は東京の「地場産業」にすぎないという仮説(著者も読者も東京にしかいない?)
9:ローカルメディアの再発見(Only Free Paper, 本屋B&B
10:「文化誌が街の意識を変える展」(2014年3月〜4月)
11:影山裕樹『ローカルメディアのつくりかた』、ローカルメディアセミナー(2016年)
12:来場者と議論したいこと:「地域雑誌」にとどまらない展開はいかに可能か?

結果、地方出身東京在住、東京生まれ東京育ち、地方へIターン…様々な来歴を持つ方々を迎えた今回は、自らの経験に引きけてそれぞれのローカル/ローカリティ観を語り合う場となりました(やはり、こういう自分事に引き付けられるお題は盛り上がります)。
ただ、再確認できたこともありました。全部書くと長くなるので、ここでは2つに絞ります。
一つ目は、"地産地消"のローカルメディアの面白さです。
『ローカルメディアのつくりかた』で紹介されている取り組みは興味深いものばかりですが、テキストを読む限り、『みやぎシルバーネット』、『ヨレヨレ』といった地方の特定のコミュニティで作成・消費されるメディアの方が、「ユニークさ」、「面白さ」という点で私には面白そうに思えます。『ラコリーナ』のように強力なスポンサーシップの下、親会社と地域の宣伝のために作成されるクオリティの高いメディアも素晴らしいのですが、メディアによってはそのコンテンツイメージと広告主のイメージがまるで食い違うことに象徴されるように、どこかちぐはぐな印象を持ってしまうものもあります。メディアごとに目的そのものが異なることは理解しているつもりですが、「地産地消」でないメディアは、ローカル発のメディアであっても、ローカルメディアではないような気もします。
二つ目は、地方における編集者とメディアの邂逅による可能性です。
仲俣さんは「各地にライターもデザイナーもいるが編集者がいないが、地域のシガラミの中でもがく編集者がいないとメディアにならない」という趣旨のコメントをしていましたが、ある程度の編集スキルを身に付けるとなると、少し乱暴ですが、出版を地場産業として抱える東京しかないのでしょう。様々な理由で地方に拠点を移す/戻す人がいますが、編集スキルを持った人と地縁・趣味・施設…何でもいいですが、何がしかのローカル・コミュニティと出合ったときに、オルタナティブとしてのローカルメディアが生まれる可能性が出てきそうです(もちろん、簡単に出来ること/続けられることではないのですが)。
こういう集まりで、バックグラウンドが異なる参加者全員が「これだ!」という"答え"を持って帰れるということはあり得ず、今回もそうでしたが、何か"もやっとしたもの"をそれぞれが持ち帰ることになります。ただ、敢えて足りないものがあったとすれば、ローカルメディアを実践している参加者と、ローカルメディアの作り方とコンテンツをめぐる具体的・実践的な語りです。
その場では「ローカルメディア縛りのビブリオバトルもいいかも」なんて言いましたが、機会があれば続編を企画したいと思います。

2017/5/1追記
当日の話を、仲俣さん本人がまとめられていたので、御紹介。
ガラパゴスからトランス・ローカルへ