マナリへ(2)


 翌朝、早々にホテルをチェックアウトして、歩いてバシスト村に向かった。
 川に沿って少し歩いていくと、右の山肌に金色の屋根が素晴らしくチープなゴンパがあり、その続きにちょっとした集落が見えた。「あれはバシスト村?」と暇そうに車の検問をしていたおっさんに尋ねると、首を横に振った。インドとかこの辺りの国では「Yes」のサインだ。相変わらず紛らわしい。
 集落の中心らしきところに湯気がもうもうと出ている建物があった。どうやら、これが温泉らしい。ひなびた雰囲気のある…と言いたいところだが、早くもタクシーで乗り付けたインド人観光客でごったがえしていて風情も何もない。ちなみに、地元の人は、ここから50メートルほど坂を登ったところにある温泉に行っているようだが、こちらは壁がなくて外から丸見え。さすがにハードルが高い。
 とにかく、温泉である。僕のテンションは上がった。できれば、このまま湯船にざぶんと行きたいところだ。
 が、さすがにそういうわけにもいかないので、宿を適当に決めて荷物を置き、着替えと洗面用具と小銭をビニール袋をぶらさげて、つっかけをはいて出直した。洗面器こそないものの、正しく神田川によく似合う「銭湯スタイル」である。建物の入口でつっかけを預け、ひんやりする石畳の上をひょいひょい歩いて中へ。風呂は男湯と女湯に分かれていて、女風呂は屋根付きなのだけれど、男風呂には屋根がない。ヒマラヤを仰ぐ露天風呂というのもオツなのでいいんだが、雨だとどうするのか。
 壁にビニール袋をぶらさげて服を脱ぎ、そしてパンツに手をかけようとしたその時。
 「ノー!!ここは日本じゃないよ〜」
 意外な日本語でのツッコミに驚いて振り返ると、さっき通りすがりでガンジャを売りつけようとした某ホテルのオーナーが湯船から俺を見上げていた。そういえばここはインドだった。失礼!と笑顔で誤魔化してからパンツのまま湯船へそそくさと階段を降りようとしたその時、足を滑らせた俺はバシストの湯にダイブしてしまった。沸き起こる爆笑の渦…
 さて、肝心の風呂は、胸くらいまでの深さで、ちょっと白濁したお湯は熱すぎずぬるすぎずの適温。股だけでなく足の指まで全開にして、俺は久々の解放感を楽しんだ。
 そして風呂上がり。部屋のリュックサックから伝家の宝刀、もといキングフィッシャー(ストロング)を取りだした。ビールと文庫本を片手に、集落の外れにある滝までふらふらしながら、ぶらぶらと散歩。キャッキャ言いながら下校する子どもたちをからかったり、陽当たりの良いところに腰かけて本を読んだり、暇そうにしているホテルに上がり込んで昼ご飯を食べさせてもらったり、とまったりとした午後を過ごすことができた。