マナリへ(3)


 陽が傾くと、一気に気温が下がってきた。
 この日の宿は、温泉の裏手にある小汚いゲストハウス。汚いマットレスと虫満載っぽいブランケットがあるだけで、おまけに部屋の大きさのわりにはいやにでかい窓からはしっかり隙間風が入ってくる。夏に泊まるのであれば、風情だなぁとか言いながらシャンティに過ごすことができたのかもしれないが、冬になろうとするこの季節だと、暗くて寒いだけである。よいよオフシーズンということで、ゲストハウスは軒並み休業中でほぼ選択肢がなかったとは言え、マナリ市街に戻らなかったことを猛烈に後悔するには充分な施設だった。
 それでも有り難いことに、部屋には小さな暖炉がついていて、起きている間は暖をとることができる。ゲストハウスのオーナーから前もってもらっておいた小枝とこれまた隣の日本人カップルに前もって借りておいたマッチを駆使して火を起こし、かじかむ指で垢にまみれたページをめくっては妄想の世界に逃げ込んだ―。
 そんなわけで、翌朝の俺は、心身ともに冷え切っていた。 
 こんな時こそ、温泉である。昨日と同じような神田川スタイルとなって、俺は小走りに駆けていった。
 まだ時間が早いせいか、客層は小ざっぱりとした方々というよりも、地元の方々――しかも、どちらかと言えば、そこら辺の道端で商いをしてそうな風体のおっさんばかりだった。一瞬ひるんだが、そのままパンツ一丁になって湯船に入った。するとどうだろう。浮かれていた昨日には目に入らなかったものが視界に入ってきた。
 白濁したお湯に、消しゴムのカスのようなモノが浮かんでいるではないか。しかも、ここかしこに。果たしてこれは・・・皆さんの身体から剥がれたモノですか!?すると、この白濁っぷりも温泉本来のものというよりも・・・ということですか!?昨日、インド人を押しのけ何とか確保したシャワーも、この湯船からお湯を流しているだけ。ということは、このお湯で俺は全身をゴシゴシ洗ってたわけですか!?
 長旅ならいざ知らず、日本を出て一週間ほどのライトな旅行者にはあまりに厳しいこの状況。二度目の温泉は、洗うのもそこそこに、退散した。そう言えば、昨日から身体が痒い。てっきり宿のマットレスの問題だと思っていたが、こちらの問題だったのかもしれない。
 かくして、マナリの滞在は、くつろげたのかどうかよく分からないままに幕を閉じた。