ヘルシンキ滞在記:其の伍


 ヘルシンキは過ごしやすい街だ。
 ほどよく田舎。ほどよく美しい街並み。ほどよくつつましやかな人たち。ほどよくおしゃれ。ほどよく良い治安・・・。肩肘張らずに歩ける街、それがヘルシンキという街なのだろう。今回の僕のヘルシンキ滞在は、たった6日ほどのことだったけれども、これまで旅してきたアジアとは一味違った、ゆるやかな時間を過ごすことができた。

 滞在最後の日、飛行場に向かうまで3時間ほど時間が空いた。フィンランドの国民的英雄の軍人にして、騎馬で中央アジア・中国を踏破したマルネンヘイム元帥(1867-1951)の博物館に詣でようかとも思ったがやめにして、マーケット広場からスオメンリンナ要塞行きの船に乗り込んだ。スオメンリンナ要塞は、バルト海の乙女を守護する要塞として18世紀に築かれ、要塞としての役目を終えた今は、世界遺産として多くの観光客を受け入れているのだ。
 港から15分ほどもすれば、スオメンリンナの船着場に着く。一時間に一本の船なので、2時間ほどかけてもう一つの船着場までブラブラと歩いてみた。
 オフシーズンに入りつつある秋の平日。カフェやショップも軒並みシャッターを下ろしていて、島は静かな佇まいを見せていた。数少ない観光客と同じくらいにこの島で暮らす人たちとすれ違う。そう、意外なことにここにはヘルシンキの(ささやかな)喧噪を避けてきた人々の家がそこかしこにあるのだ。みんな穏やかな顔をしている。

 船着場から南の方へ坂道を登っていくと、バルト海への眺望が一気に開けてくる。ガイドブックによれば、丘の上のレストランはテラスが気持ちい良いらしいのだけれど、イスは全てテーブルに上げられている。レストランの手前の少しせり出したところに、白いベンチがあって、そこに一人の老人が腰かけていた。じっと海を眺めている。老人の足元には、毛なみの良い犬が寝そべっていて、気持ち良さそうに眼を閉じていた。
 老人は、ここを終の棲家と定めたのだろうか。老人の胸にはどのような思いが去来しているのだろうか。ゆきずりの旅人には知る由もない。けれども、こんな穏やかな場所で何をするでもなく静かに最後の時を刻むのは、もちろん僕にはまだまだ早いが、少し羨ましい気がした。

 何かの本で読んだのだけれど、最近のフィンランドの人たちは「自分がこの国に生を享けて幸運だった」と感じているらしい。最近日本でも注目されている教育水準の高さや社会保障の手厚さがそう言わせているのだろうけど、今回の僕のように図らずもこの国に来ることになった人間にとっても同じことが言える。
ヘルシンキに来れて幸運だった」