ヘルシンキ滞在記:其の弐


 ヘルシンキは歩きやすい街だ。
 最大の理由は、その小ささだろう。ヘルシンキ湾に突き出た一角に僕たち旅行者が必要とするもののほとんどがすっぽりと収まっているので、2,3時間も街を歩けばだいたいまわれてしまう。おまけに、街のつくりも至ってシンプルだ。北の駅と東の港を起点にして、格子状に道路が走っているので、地図がなくてもそうそう迷うことはない。

 僕はほぼ毎日、朝と夕方に街を歩いた。
 ある日の朝は小雨が降っていたし、ある日の夕方は刺すような西陽が照っていた。ある日の朝は街を南へ横切って、もう一つの港まで行き、ある日の夕方は大聖堂から「バルト海の乙女」とも呼ばれる美しい街を見下ろした。またある日の朝は閑静な住宅街の中の公園のベンチに腰を下ろし、またある日の夕方は中華料理のレストランで焼きソバを食べた。そしてまたある日の朝は小高い丘の上にある教会を尋ね、またある日の夕方はお土産を買いにメインストリート沿いの色々な店をハシゴした。

 いつも気持ちの良い散歩だったのだけれど、この街を歩くときに辟易したことがあった。
 ヘルシンキに限らず、ヨーロッパの街の通りは石畳であることがよくある。ある程度歴史のある街であれば特に。写真で見る分には趣があっていいのだが、実際に歩くとなると決して歩きやすいものではないのだ。躓くし、何せ疲れる。僕の靴はあまり底が厚くないものだったので、なおさらだ。そして、坂も多い。

 僕がヘルシンキでやろうと思っていたことの一つに、早朝の街ジョギングがあった。季節も良いし、美しい街並みを走ればきっと気持ち良いに違いない…そう思っていたわけだが、着いたその日に街を歩いてみて、ホテルのジムに切り替えた。こんなところを走ったら間違いなく足を挫いてしまう。
 けれども、人間は環境に適応する動物だとはよく言ったもので、何日かするとそんなヘルシンキの街を歩いてもそれほど疲れこともなくなった。意識的に凹凸の少ない箇所を選んだりするだけなのだが、それだけでも全然違う。それでも、さすがにジョギングまではできなかったのだけれど。
 そんなわけで、平らなアスファルトの道が続く東京の街を歩いていると、その歩きやすさを再認識するとともに、足の裏に残った石畳の感触を懐かしく思い出す。