ゴンパ巡り

【アルチ・チョスコル・ゴンパ】

 アルチは静かな村だった。
 入り組んだ路地を歩いていると、仲の良い井戸端会議メンバーで朝の散歩てらにやってきましたという風情の老婆五人組が、何事か楽しそうにお喋りしながらゴンパに向かって歩いてきた。背中には、コート代わりの山羊の毛皮を裏返して羽織り、その上に三つ編みにした長い髪を垂らしている。
 ジュレー―ラダック語でこんにちは、さようなら、ありがとうの全てを兼ねる、素敵な言葉だ―と声をかけて、「写真を撮ってもよいか?」とジェスチャーをしてみると、彼女たちは笑いながら、「馬鹿言わないでよ、朝っぱらからこんな年寄りをつかまえてさ」といった感じで手を振って僕の側を通り抜けていった。

【リゾン・ゴンパ】

 リゾン・ゴンパは、僧侶養成の学校でもあるので、小僧さんが多い。また、ゴンパは山の斜面に建てられているので、ここのテラスからの眺めは素晴らしい。
 伽藍を一通り見てからテラスに出ると、朝の比較的まだ穏やかな陽射しの下、老僧がゆっくりと経典の整理をする傍らで、4〜5人の小僧さんたちがお喋りをしていた。多分、休み時間なのだろう。
 テラスからのザンスカールの山並みの展望と濃い紅色の彼らの僧衣の対比が綺麗だったのでカメラを向けると、一人の小僧さんがスッと背筋を伸ばして腕を組んで振り向いた。
 その動作の自然さと、姿勢の綺麗さに、僕は迷わずシャッターを切った。
 頼んだわけでもないのに、レンズを向けた瞬間に笑顔でポーズをとってくれるのは、同じ状況で金をねだるバナーラスなどで違う意味で、「観光地化」されていることをあまりに自然に受け入れているような気がして、複雑な気分になった。

【リキール・ゴンパ】

 幹線道路からリキール・ゴンパへ行くために一本道を折れたところにあるチョルテンの蔭で右手を上げてヒッチハイクをしていた旅行者を拾った。
 よく見ると、レーの街中で何度か見かけたチェコ出身の女性だった。聞けば、大学の休暇中で、ラダックだけでもう3ヶ月も旅行しているという!そして、数十キロの山道を越えてリキール・ゴンパからラマユル・ゴンパまで、トレッキングするのだという!
 そんな彼女が突然、「地図を見せてくれ」と言う。僕は旅行人の地図を見せてあげたのだが、何でトレッキングしようという人間が地図なんて?と思って、訊いてみたところ、彼女はあっけらかんとして答えたものだ。 “I have no map!!”
 そして彼女とはゴンパの前で別れたのだが、彼女が寺の前にいた人たちに道をきいて、更に奥へと歩みを進めていく後ろ姿を、僕は茫然と見送った。