レーの行商人

 レーのメインバザールの行き止りとなっているモスクを左に折れたところの通りに面した店は、冬の間は閉まっているらしい。たまに、取り残されたように土産物屋が開いていることもあるが、閑古鳥が鳴き続けているような有様だ。
その通りの南に面した側にはインド国立銀行があって、ここはさすがに冬でも開いている。とはいえ、季節柄なのか国民性なのか、「商売する気あるのか?」と思わせる程に短い営業時間なのだが。


 日陰であれば、乾かした洗濯物が数分で凍ってしまうようなレーの冬の昼間。それでも日向に座れば、厳しい陽射しのせいで帽子は欠かせないとはいえ、のんびりと日向ぼっこをしながら話の一つや二つは咲かせたくなる位の暖かさだ(と感じられる)。
太陽が登ってくると、閉じられたインド銀行の前に何処からともなく男たちが集まってきて腰を下ろして管を巻き始める。観光客相手の仕事なので、冬の間は暇を持て余しているのだろう。
 その中に、一人の初老の商人がいた。同じ通りにあるゴンパの出口の傍らに風呂敷を広げて、安っぽい葉書やステッカーなどの細々とした土産を売っていたのだが、熱心に商売しているわけではなかった。なぜなら、観光客も殆ど来ないし、稀にいたとしても、もう顔馴染みになっているから、客引きをしても仕方ないのだ。
 この男とは、僕が営業時間を知らずに銀行にやってきた時に人懐っこい笑顔を浮かべて丁寧に営業時間を教えてくれたことがきっかけになって、挨拶を交わすようになった。

 ある日の昼下がり、僕も暇を持て余していたので、同じように銀行の前の階段に腰を下ろして、彼の話を聞いていた。
「ウッタルプラデーシュ?」
と聞き返すと、彼はにこやかにこう付け足した。
「バナーラスの生まれです、ミスター。」
故郷のバナーラス(ウッタルプラデーシュ州にあるのだ)に家族を残してきている彼は、毎日こうして銀行の前にささやかな店を出しているのだった。
「いつ家族の元に帰るの?」と、僕が尋ねると、
「10月です、ミスター。」と彼が笑って答える。
「なるほど。オフシーズンになると帰るわけか。あれ、じゃあいつレーに戻ってくるの?」
「10月です、ミスター。もう10年間、そうしています。」
 とりあえず笑って「へぇ」と大仰に驚いて見せた。しかし正直なところ、僕には彼に返す言葉が見つからなかったのだ。
彼がヒマラヤをバスで越えてバナーラスへ向かうまで、あと7ヶ月。そして再びここで店を開くまで7ヶ月と少し。


 僕は、彼の旅路を想った。