高山病

 案の定、高山病になった。

 日本にいる時から体調もずっと良くなかったし、何より飛行機でラダックに入れば、高度障害を起こさない方が奇跡に近い。だから、覚悟はしていた。しかし、予想より遥かに重かった。
 初日、朝はそうでもなかったが、夕方から一気に気分が悪くなった。頭痛と胃もたれから、殆ど食事に手をつけられなかった。
 二日目、三日目と、日中は何とか収まり、食事も普通に摂れるようになったが、夜はひどかった。頭痛で、殆ど眠れなかった。
 情けない話だが、この時ばかりは帰りの飛行機の予約を変更して、次の日にも尻尾を巻いて帰ろうかと思っていた。そして、本当にJet Airways社のオフィスまで行った。しかし、その日は日曜日だったので、オフィスは閉まっていた。あの時、オフィスが空いていたら、今回の旅は全く違うものになっていたかもしれない。

 レーに到着して三日目の昼、宿の主人に事情を話すと、タクシースタンド前のドラッグストアに行けという。病院へ行くまでもないというのだ。
 半信半疑で、赤十字が描かれた薄汚れた扉を開くと、店主と思しきニット帽を被った、気難しそうないかつい老人と目が合った。
「頭が痛いんだけど」と、僕が来店の用向きを伝えると、店主は僕の右手を取り、ボソッと「高山病だよ」と言った。そして、引き出しからカプセル錠剤を取り出し、「これを一日2回、食事の後に2錠ずつ飲みなさい。良くなるから。はい、30ルピー。」
 この間、所要時間は3分。多くの外国人が同じ症状でこの扉を叩くのだろうが、まるで流れ作業のコンベアーベルトに乗せられたかのように、あれよあれよと言う間に、僕は店の外に出ていた。
 このムンバイ製の薬は、成分こそ分からなかったが、かなりの効き目を見せてくれた。飲むと、確実に頭痛が取れるのだ。ひょっとしたら、体内で酸素を作りやすくするようなものだったのかもしれない。
 飲んだ当初は強気になって、「これからどこへでも行ってやる」とまで思っていたが、しかし困ったことに、この薬の効き目は一日も持たなかったのだ。道理で1日2回のわけだ。

 朝、薬を飲んでから出かけ、夕方にまた頭痛が始まる。夕食時にまた薬を飲むと、今度は明け方に薬が切れて頭痛が始まる。結局、レーに滞在した一週間、この症状は多少軽くなりこそすれ、無くなることはなかった。
このような具合だったので、今回の旅行はレーを中心にあまり無理をしないものにせざるを得なかった。レーから遠出するに際しても、ガイドブックを見て道中の街の高度をチェックして、レーより低くなければ行かなかった。

 この結果、僕の行動範囲は極端に制限されたものになってしまい、幾つかの行きたかった場所を諦めることとなってしまったのだった。