松本伴七郎『故野中平助君著 欧米紀行』

松本伴七郎編 『故野中平助君著 欧米紀行』 松本伴七郎, 明治27年(1894)年.

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野中平助という青年がいた。埼玉県出身。とはいえ、明治26年に27才の若さでこの世を去ってしまったので、彼を知る人は、殆どいないだろう。本書は、野中の早世を惜しんだ郷里の知人たちの手でまとめられた旅の記録である。
野中平助は、明治24年2月、サンフランシスコに向けて横浜を出発した。その後、アメリカ大陸を横断してニュートークにいたり、そこから大西洋を横断して、英国はリバプールへと渡った。その目的はつまびらかではない。しかし、彼の残した旅の記録を見る限り、無銭旅行などではなく、それなりに余裕のあった「遊学」だったようで、行く先々で、内容の詳細は不明だが、書籍ベースの「取調」を重ね、議会や博覧会の見学も行っている。また、彼の日記によると、3月30日には彼より6年先に渡米して、大学を卒業していた弟・廣助とニューヨークで再会している。
その後、二人で暫く「取調」にいそしんだ後、イギリスに渡っているのだが、残念なことに、日記は4月30日で終わっている。編者・松本伴七郎の手になる追悼文によると、彼は帰国して数日後の12月9日に病気で亡くなったというから、その後数か月分の旅の記録がないことになる(ちなみに、本書には野中の直筆の手紙(の模写。松本宛)も収められている)。
さて、彼の外遊の目的が何だったのか、この本を読む限りよく分からないことは既に書いたとおり。ただ、ヒントになりそうなのは、彼がロンドンで面会した加藤政之助なる人物。彼が、後の貴族院議員の加藤政之助で間違いなければ、野中の兄弟ともどもの海外旅行ないし留学が可能な資産状況も考慮に入れると、地方の名家(政治家)の子弟の「遊学」だったとみて間違いないだろう。