資料を「遺す」ということ

早いもので、スマトラ沖地震からもうすぐ2年になろうとしている。

国立国会図書館編『No.39 スマトラ沖地震津波による文書遺産の被災と復興支援 (図書館研究シリーズNo.39)』をパラパラと読んだ。

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本文は下記URLからも読めます。http://www.dap.ndl.go.jp/ca/modules/series/category.php?categoryid=24
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IFLA/PACの資料保存活動と、スマトラ沖地震で大打撃を受けたスリランカインドネシアの両国立図書館の館長の、図書館への被害と現在の取り組み、そしてそれへの支援を求める報告が掲載されているのが、この冊子の目玉。図書館のことなんかニュースにはまずならないから、こういった報告は非常に貴重(冊子版はカラー写真が豊富なのも嬉しい)。

こういった天災や、人災(イラクとか)によって図書館や文書館から貴重な資料が失われるということは、極端な言い方をすれば、その国/文化の “歴史”(当然、光も影もある)が失われるわけで、それは実はとんでもなく大変なことだと、我々業界人は思うんだけど、皆さんはどうですかね?
「今のイデオロギーにそぐわないから消し去ってしまえ」なんていう人が、過去にも現代にもいたりもしますが。


写真は、2004.3 スリランカ・ゴールにて(カラスが多い街だった)。
ゴールの要塞に守られた旧市街は大きな被害に遭わなかったらしいが、新市街は壊滅的な被害を受けたという。