釣田時之助『南洋の富』

釣田時之助 『南洋の富』 大阪, 三光堂, 1911(明治44)年, 80+54p.

<本文>

本書は、南洋で成功した釣田が、帰国後に後に続こうとする、しかし具体的にどう行動を起こせば見当もつかない者をアジテートするために記した南洋渡航案内である。
前編・後編に分かれていて、前編は、マレー半島インドネシア島嶼部各地の案内や持っていくべき必需品、元手となる金銭の多寡に応じた職業案内、各種の注意事項など、事細かなガイドブックになっている。
後編は、一転して釣田本人の自伝となっている。これによると、21才の頃、教育もツテもカネもない自分の日本での立身に見切りをつけ、一発逆転の金儲けを夢見て、釣田は兄から借りた20円を元手にシンガポールに渡り、薬の行商人となった(サンフランシスコは「既に移民が多く、大きな儲けは期待できない」と言われて止したらしい)。次の一文は、竹腰与三郎稲垣満次郎が唱えた「南へ」という掛声の下に南洋へと渡った釣田や他の名もなき男達の、偽らざる本音だろう。

二三年も辛抱すれば千や二千の金は、誰れでも見逃すことはないと聞くと、どんな苦労をしても行って見たい。行くからには二年や三年位でどうするものか、少くとも十年は働いて見よう。そして一万近くの金を持って帰って来たら一生遊んで暮すには充分だ。

さて、この本で目につくポイントの一つに、釣田の「土語」即ちマレー語への認識がある。釣田はマレー語について、その必要性を強調するとともに、2,3か月もすればおおよそ理解できるようになるし、一年も居れば会話に不自由しない、と言っているのだが、本書とあわせて『新編馬来語独修』(釣田時之助, 松田英一編大阪, 三光堂, 1912年)というマレー語辞書を著わしていることを踏まえると、何であれ海外で成功する際には語学が必須であるということを改めて教えてくれている。