阪本喜久吉『雲海紀行』

阪本喜久吉『雲海紀行』 東京, 東京堂, 明治29(1896)年, 143p.

<本文>

土佐出身の阪本喜久吉という人物については詳しい事は分からないが、手がかりになるのは、1896年11月3日の朝日新聞に掲載された本書の広告記事だ。

日本郵船会社欧洲航路開始の第一先登る船たりし土佐丸事務員として同船に乗組みし阪本喜久吉の航海中見る所を記して土佐の土陽新聞に寄送したるを輯録して一冊子となせるもの。即ち香港・錫蘭・盂買・龍動・アントウエルプ・地中海等同船の航路及び寄航の各名地にて戦勝国の旭旗に対し彼等が如何に歓迎の意を表し同船の如何に名誉を施したるやの詳況を見るべし。

日清戦争の余韻覚めやらぬ1896年、日本郵船会社はヨーロッパ・オーストラリア・アメリカへの国際航路を開設するが、その魁となったのが3月15日に遠くロンドンを目指して横浜を出航した土佐丸であった(船長は英国人のマクミラン)。阪本もこう意気込んでいる。

殊に我邦の如き四面環海の邦国に在ては、富国強兵の策、主として必ず先づ航海業に仰がざるべからざるは、智者を待て後に知らざるなり。

香港、コロンボ、ムンバイ、ロンドン、地中海上、といった各地から、地誌、からゆきさん、ライバル会社、観光といった航海中に見聞した様々な情報を手紙としてまとめているが、どうしても最後は(日本郵船の)海運業の拡張に帰結するのが面白い。岩崎弥太郎の下、土佐出身の若者が日本の国際海運業を切り開こうとする情熱と勢いが詰まった一冊だ。