ハッカク氏のFUJITAYAに泊まる

旅先で出会う旅行者との「縁」は、つくづく不思議なものだと思う。

意気投合してしばらく行動を共にする、帰国してから連絡を取って再会する…ということもたまにはあるが、基本的にはその場限りの関係だ。深く付き合うこともないので、通り過ぎれば、よほどの強烈なキャラクターでもない限り思い出すこともない。けれども、何かの拍子に連絡を取ったり再会したりすると、一気に当時の関係に戻って旅の話に華を咲かせることができる。「友人」というほどに色々なものを共有しているわけではないが、たとえ全体の中のごく一部だとしても「旅」を共有しているということによる「緩やかな縁」とでも言えばよいのだろうか。

ラサのヤク・ホテルで相部屋になり、その後カトマンズやポカラでも顔を合わせたハッカク氏も、そんな旅先で出会った旅行者の一人だった(上の写真で客引きに囲まれている茶色の帽子の人。ちなみに“ハッカク”というニックネームは、当時彼が装着していたメガネのフレームが八角形だったことに由来するもので、同じタイミングでヤク・ホテルに投宿していた日本人にしか通用しない)。ポカラのゲストハウスで別れたハッカク氏とは連絡先も交換していたので連絡を取ろうと思えば取れたのだが、関西と関東と住む場所も離れていたし、当時はSNSもなかったのでその後は音信不通になっていた。
ハッカク氏と再会したのは、2006年頃のこと。ラサで出会い、帰国後も付き合いの続いていた旅の本屋大陸堂主人が、私が所用で大阪に出た折に無聊を慰めるために開いてくれた旅好きを集めた飲み会だった。待ち合わせ場所にいた面子の中にどこかで見た顔が…と思ったら、ハッカク氏だったのだ。大陸堂主人とハッカク氏は大阪で知り合いになったということで、お互い私という共通の知り合いがいることも知らなかったらしいから、完全なる偶然の再会だったわけだ。その場では隣にいた女の子がどん引きする位に当時の話で盛り上がり、その後はSNS緩く繋がることになったのだった。


そんなハッカク氏が、かねてからの念願だったというゲストハウスを京都にオープンさせた。その名もFUJITAYA(ホームページは準備中)。旅という「緩やかな縁」でつながる者としては、実際に泊って祝福の言葉を伝えたい。ということで、先日、祝い酒片手に泊まってきた。
FUJITAYAは、京都の五条通りから少し路地に入った静かな住宅街の一角にある。部屋は10部屋だが、住み込みの管理人が一部屋使う予定とのことで、実質9部屋。カップル向けからファミリー向けまで様々なタイプの部屋がある(つまりシングルはない)。まだオープンもして間もないのに、ハッカク氏のこれまでのオンライン・オフライン両面での人的ネットワークが物を言って既に予約問い合わせが絶えないという。先程から「ゲストハウス」と書いているが、安宿っぽくないし、もちろん旅館やホテルとも違う。敢えて言うなら、「友人の家に泊まりに来ているとでも錯覚してしまいそうな雰囲気」だろうか。

この宿の特徴は何と言っても、"和"の雰囲気を醸し出す座布団やちゃぶ台、そして和室も備え付けられた、リビングのような広い共用スペースだろう。しかも、ゆっくり寛いだり他の旅行者とのコミュニケーションを楽しむだけでなく、様々なイベント・スペースとして活用できる作りになっている。ハッカク氏は顧客ターゲットを「極端な節約旅行を志向せず、地元の人との交流を楽しみたい比較的長期滞在の外国人旅行者」に設定していることもあって「地元の人も気軽に参加できるようなイベントをやりたい」と言っているが、これには僕も賛成。以前、「マレビト・サービス」という駄文を書いた際、地元の人と出会えたり交流できるイベントをやっている施設ゲストハウスがないか調べたのだが、意外なことに見当たらなかった(僕の探し方が悪かっただけかもしれないが)。京都という独特かつ濃密な人のつながりを持つ場所だけに、近所づきあいも含めて一筋縄でいかないかもしれないが、これは是非トライし続けてほしいと思う。

先ごろ読んだ橘川幸夫さんの『森を見る力』に「インターネットや大規模店舗の大波にもまれながら、書店に限らず、小さなお店が生き延びる方法は、お客との確かな関係を築いていくことしかない」という一節があった。オンライン・オフライン両面での"緩やかな縁"をベースにした、旅行者と住民(この場合、両者とも「お客」)が入り交じるリアルな<場>としてのゲストハウス…これはここ数年各地で様々な形態・業態を装って取り組まれている<場づくり>と通底するものだろう。FUJITAYAがこれからどういう<場>になっていくのか興味はつきない。
京都に行く機会があれば是非。

森を見る力: インターネット以後の社会を生きる

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