小浜島(5/6)


 もう明日には東京に戻らねばならないので、今日がのんびりできる最後の日である。この日は何も予定を入れずに、ホテルでのんびり過ごそうと思っていた。プライベートビーチを散歩したり、ハンモックに寝そべって本を読んだり、敷地内をカートで爆走したり、沈む夕陽を眺めながら大浴場の浴槽につかったり…といった具合に。
 しかし、極めて残念なことに、この日は見事に雨だった。カーテンを開けると、無数の雨粒が視界斜めに横切っていく。この時点で、まずジョギングを諦めた。いつもの敷地内ドライブはおろか、朝食に行くにもカートは使えない。なぜなら、カートには斜めに来る雨を遮るものがないから。
 美味い美味いと喜んで食べていた朝食にしても、さすがに5日目ともなれば飽きてくる。好きなものを選んで食べることができるということは同時に、いつも同じ好きな物しか食べない人は毎度同じものばかり食べるということで、それこそマンネリズム以外の何物でもない。うちの娘のことだ。日を経るにしたがって、食事の時間よりもレストランの入り口に置いてある熱帯魚の水槽にへばりつく時間が増えてきている。
 そんなわけで、朝食を終えると途端にやることがなくなってしまう。朝食後、ロビーのソファで緊急の家族会議を開いていると、レセプションの横にあるツアーデスクのパンフレットが目に入った。そこには、先日に申込んだようなツアーの他に、ホテル内でやっているワークショップのようなものも紹介されていて、屋内でできるものも幾つかあった。
「これだ」
と私たちが選んだのは、粘土でミニ・シーサーを作るワークショップ。1時間程度と子どもの集中力が持つ時間だし、何より娘が土産物売り場で「シーサーほしい」と連呼していたので、ちょうどいい。
 かくして、私たちはレセプション棟から少し離れた託児所に赴いた(ハイシーズンには、ここに子どもを預けて大人だけで遊べるようだ)。私たちにシーサー作りを指南してくれるのは、海から上がってきたばかりといった風体の若い女性。見事な関西弁を操る。
 ところで、このホテルには石垣島も含めた所謂地元出身のスタッフというのが殆どいないらしい。みんな本土出身で、ホテルで働くために移住してきたという。その辺りの事情を話してくれたのは、何回か港までの送迎でお世話になった運転手さんだが、彼自身も前職は営業マンで、心機一転、趣味のゴルフも思う存分堪能できるこのホテルに単身赴任でやってきたそうだ。ゴルフっていう人間は多くないけど、海関係は多いねぇと言っていたが、私たちの目の前にいる女性こそ、その典型だろう。島にある居酒屋や民宿で働いている人たちを見ても、この手の人が多い。
 話は逸れたが、粘土シーサーである。手先の器用な妻はさくさく作るし、指南役の女性もざっくりした見た目の割には芸の細かいシーサーを作っていくのだが、私はどうにも慣れない。粘土細工なんて二十年ぶりくらいではないだろうか。おまけに、子どもがキャッキャいいながら親が苦心惨憺して作りかけているシーサーの顔を叩きつぶしたりするものだから、作業自体もなかなか進まない。最後は自棄気味にシーサーだか何の怪獣だか分からない顔をでっち上げて、ひとまず終わり。出来はともかく、「阿」「吽」よろしく対のシーサーが手に入ったことで、娘も満足そうだし、ひとまず良かったことにしておく。
 ワークショップを終えると、昼飯時。事前にお願いしていた車で港へ行き、近くの食堂へ。ここは、おばぁが切り盛りする老舗といった趣で、お洒落な雰囲気は全くないが、その代りにボリュームが半端ない。焼きそばはデフォルト大盛りだし、そこに白米とみそ汁がつき、そしてトドメに「娘さんに」といって、明らかに1歳児には食べきれないでかさのお握り。こういう雰囲気は楽しいやら、食べ過ぎて苦しいやら、てんやわんやのうちに昼飯は終了した。
 そして、ホテルに戻るといよいよやることはない。雨は相変わらず降っていて出かけるどころではないし、おまけに子どもは昼寝の時間。「何もやることがない」というのは贅沢な時間だとよく聞くし、自分もそう書いたようなきもするが、そこには気持ちよく過ごせる気候かどうかというのが前提としてあると思う。気持ち良さそうに寝入る娘を横目に、本を読んだり、あれやこれやと会話するのも決して悪くないのだが、せっかくの旅の最終日としては頂けない。
 そして、夕食の時間。この日は、2日目に行った居酒屋に再び挑戦。3日目の居酒屋も悪くなかったのだが、どちらかと言うと新興勢力であるこちらの方が美味かった(気がした)から。特に、ここのもずくの天ぷらは、娘の大のお気に入りなのだ。結果として、この日も大満足の夕食になり、家族全員、大きくなったお腹をさすりながらホテルに帰還することになったのだった。
 これまでなら、そのままホテルの部屋に戻るのだが、最終日ということで、ホテルのラウンジで毎晩催されているライブに顔を出してみた。この日ステージに立ったのがは、小浜島に移住して20年以上となるおじさん。何でも、カラオケコンテストに入賞したことで、このホテルに呼ばれて歌うようになり、そのまま住みついてしまったという。「涙そうそう」というザ定番から始まったライブは、なかなか心地よかったのだが、残念ながらその一曲で中座することになってしまった。娘に「部屋に帰りたい」と言われると、もうそれまで。気合いを入れて注文した泡盛梅酒もほとんど一気飲みせざるを得ない。
 こうして、小浜島最後の夜は更けていった。