東京-小浜島(1/6)


 いよいよ八重山に向けて出発。自宅から羽田空港までは1時間を見込んでおけばいいので、8時頃に家を出る。私がオムツがかなりのスペースを占めるスーツケースとバックパックを持ち、妻は娘を抱くという布陣。ちょうどラッシュの時間帯なので、総武線⇒中央線⇒山手線⇒モノレールという小刻みな乗り継ぎで、子連れ移動のコストを少しでも低減しようとするが、結局、空港に着く頃にはぐったりしてしまった。荷物を送ればよかったのか…と気づくも後の祭りである。
 羽田空港で楽しみにしていたことの一つに、3年前のオープン当初に訪れた"Tokyo's Tokyo"で、旅先で読む本を買うことがあった。今回の旅には『記憶の歴史学』という本を読書用に持ってきてはいたのだが、いかんせん旅情に欠ける。八重山に出かけるのにちょうどいい本と出会えたら…と期待していたのである。

記憶の歴史学 史料に見る戦国 (講談社選書メチエ)

記憶の歴史学 史料に見る戦国 (講談社選書メチエ)

 しかし、残念ながらその期待は脆くも崩れた。並べられた本は写真集やちょっとオシャレっぽい雰囲気を出したガイドブックが多く、残念ながら私の趣味に合いそうなものはなかったのだ。もともと本の冊数は多くないので仕方のない面もあるが、3年前に見かけた同じ本が置いてあったりもしたので、「ブックセレクション」という意味では、或いはこの店もちょっとマンネリ気味なのかもしれない。
 気を取り直して昼食を買い込み、搭乗手続きを済ませて搭乗口へ。このあたりはスムーズに進んだ。空港だけに、オムツを替える場所も不自由しないし、遊ばせる場所もある。飛行機への搭乗も、優先搭乗ではなかったものの、特に問題なし。やや不便なところがあったとすると、座席の狭さくらい。とは言え、これも今に始まったことではないし、もし前に座席のない場所を取れていれば問題にはならなかっただろう。あと、国内線で軽食などが出なくなって久しいが、子連れの場合はむしろこの方がありがたい。肝心のフライトはと言うと、那覇での乗り継ぎも含めて特にトラブルなどもなく時刻通りに石垣空港に到着した。意外だったのは、プロ野球チームのキャンプ目当てのお客さんがそれなりにいるのかと思っていたのに、実際はまったく見かけなかった(気づかなかった)ことくらいだろうか。
 7年ぶりの石垣空港は、極めて残念なことに小雨の中だった。ここまで南下すれば、さすがに東京に比べれば暖かいが、期待していた程でもない(18℃くらいだったかな)。離島桟橋まで向かう道すがら、タクシーの運転手さんが言うには、「今日は寒いねぇ〜。島の人はみんな風邪引いちゃうよ〜」…そうですか。
 10分もせずに到着した離島桟橋は、立派なビルヂングになっていた。前は文字通り「桟橋」の周りに船会社の券売所、土産物屋や食堂といった小さな建物がバラバラとあるような感じだったと思うが、これではまるでターミナルである。何でも4年前にできたそうだ。オフシーズンということで観光客が多くないためか全体的にガラーンとしているが、ハイシーズンには人でごった返すのだろうか。
 さて、私たちが桟橋ならぬターミナルに到着したのが15時半ごろ。巻売所で確認すると、次の小浜行きの船は16時に出るという。その次は16時半。旅先で読む本をゲットする二つ目のポイントとして、桟橋の近くにある石垣市立図書館を7年ぶりに訪れて本を借りることを考えていた(この図書館では旅行者向けに本を貸し出しているらしい)のだが、少し疲労の色を見せ始めた子どもと機嫌の悪くなりかけている妻を連れて、或いは置いて図書館に出かけるのは、ちょっと厳しい状態だった。というか、そもそも接待旅行に引率者の希望が入るのがおかしい。ということで、ちょっと迷ってから図書館を諦め、16時の船のチケットを買った。ついでに、ホテルの部屋で飲むためのビールや泡盛も買い込んだ。ホテルで買うよりお得だろうという抜けきらない自分の貧乏性によるものだが、これが後で色々なトラブルを引き起こす。
 船は予定どおりに出航(この船も7年前に比べると何だか立派になっている気がした)。お客さんは、この時期に多いという年配の団体旅行ご一行の皆さんが最大勢力で、席も結構埋まっていた。小雨は降っているものの、風は強くないので、そうそう揺れない。子どもはどうかな?と心配していたが、むしろこの揺れが心地よいらしく、トロンとした顔をしている。雨のせいで少し濁っているものの、サンゴ礁の海は綺麗な淡いブルーをしていて、初沖縄の妻も感嘆の声を上げていた。
 30分後、小浜港に到着。降りると、ホテルから迎えの人が来ていた。お客さんは私たちのほかに4組ほど。ホテルまでは5分程度だが、途中に運転手さんの某ドラマのロケ地解説を挟みながらゆっくりと車を走らせていた…。とその時、私は右手に肝心なものがないことに気付いた。ターミナルで購入した酒を入れた袋がないのだ。どうやら小浜港の待合室のベンチに置き忘れたらしい。
「あの、忘れ物したので、16時半の船の迎えに行くときに僕も乗せて行ってもらえませんか?」
とおずおずと切り出す私とその私を冷めた視線で見る妻。そして、笑顔で切り返す運転手さん。
「いいけど、島の人は忘れ物とかでも取ったりしないから、明日ゆっくり行っても大丈夫ですよ。何を忘れたんですか?」
ここでそれを言わせるか!とは思ったが、答えないわけにもいかない。少しトーンを落として答える私。
「いやー、お酒なんですよね…」
何となく他のお客さんも呆れているような気がする展開になってきた。それでも運転手さんは動じなかった。
「そうなの、じゃあ行った方がいいね、飲まれちゃう(笑)」
 ということで、私はホテルのロビーに妻子を残して港に戻った。港では、船会社のおじさんが(本気かどうかわからないが)残念がっていた。
「なんだよー戻ってきたの?せっかく後でみんなで分けようと思ってたのに(笑)」
このような羞恥プレイをしてまで持ち込んだビールと泡盛だが、ホテルの売店の値段とターミナルの売店の値段がほぼ同じだったり、結局泡盛は飲みきれなかったりと、最後まで締まらない展開だったことは付け加えておきたい。
 そんなこんなで、ようやくホテルに旅装を解くことができた。時間は17時とまだまだこれから!といったところだったが、天気も良くないし、なにぶん妻子が疲れているということで、この日はホテルのレストランで石垣牛のハンバーグとオリオンビールで食事を済ませ、その後は部屋でおとなしく過ごしたのであった。