「地球の歩き方」を持って旅に出た人たちへ


 カトマンズでダラダラしていたころ、同じく暇な日本人のツレと何人かで、「学生パッカーごっこ」というのをやっていた。
 手持ちのくたびれた服の中で一番マシなものを着て、バックパックを背負い、そして右手には『地球の歩き方』のネパール編を握りしめて勢いよくドアを開け、そして可能な限りの爽やかな笑顔で、できる限りの快活な口調でこう話す。
「『地球の歩き方』に安いって書いてあったんですけど、部屋ありますか!?」
 その時ばかりは、長旅に少し倦んだ旅行者ったちも腹を抱えて笑う。「いるいる、そんなヤツ・・・」
 とは言え、その場にいた旅行者たち(当然ながら私も入っている)にしても、一番ポピュラーなのが『旅行人』シリーズだとしても、過去に『地球の歩き方』にお世話にならなかった者などいない。そこにいたメンバーにしても、最初の旅は『地球の歩き方』を丁寧に読み込んでアジアに旅立ったというのが殆どだったし、それどころか、『地球の歩き方』の切り抜きを持っている人間もいたりもした。だが、笑ってしまう。お世話になっているんだけど、持っているところを見られると、気恥ずかしい。僕にとって、あの黄色い背表紙と青い小口(21世紀初頭で姿を消すが)のガイドブックとはそんな存在だ。

「地球の歩き方」の歩き方

「地球の歩き方」の歩き方

 そんな『地球の歩き方』の前史から誕生〜変容までを関係者へのインタビューから再構成したのがこの本書だ。
 これを読めば分かるように、『地球の歩き方』が<個人旅行>を大衆化させた功績というのは否定できない。
 ジャンボジェット機の登場、日本円の変動相場制への移行、格安航空券の導入・・・それまで高嶺の花だった海外旅行が一気に大衆化する60/70年代を経て、1979年に『地球の歩き方』は登場した。元になったのは、1970年代に主に就職前の学生向けに売っていた自由旅行ツアーの参加者の文集だという。もちろん、それまでも個人でバックパックを背負って海外を旅する人間はそれなりにはいたし、同じようなガイドブックも存在した。けれども、21世紀のカトマンズのタメルで暇人がネタにしていたように、最もポピュラーな存在になっていたのは『地球の歩き方』であるのは間違いない。
 ところで、バックパックで行くような個人旅行の場合、ホテル情報などに関して言えば『地球の歩き方』の情報は、特に最近は十分と言えないのは、そういう旅が好きな人だと分かってもらえると思う(そもそも、なくても大丈夫な人も多いだろうけど)。貧乏個人旅行を好む学生のためのガイドブックだったこのシリーズも、80年代の海外旅行な更なる普及(要は、安く行けるようになったということ)によって旅行者の嗜好やスタイルが変容するとともに、ガイドブック自身も変容していった。その辺りの苦悩や決断も、世代交代の動きも絡めながら書かれていて、「そういうことだったのか」と納得してしまった。つまりは、マジョリティーの旅のスタイルに合わせることで、看板を守ったということだ。
 最後に。この本を読んで「なるほど、そうだったのか」とそこで止まってはいけない。確かに、長時間のインタビューを元に書かれた本書は面白い。しかし一方で(否、だからこそと言うべきか)、世間の動きや同業他社の動きが見えにくくなっている。そこは、下に掲げるような本などで補う必要があるだろう。
異国憧憬―戦後海外旅行外史 単行本

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旅行記でめぐる世界 (文春新書)

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