高野巽『馬賊横行記』

高野巽(弦月) 『馬賊横行記』 大阪, 堀田航盛館, 明治39(1906)年, 175p.

<本文>

馬賊とは、単なる騎馬の匪賊などではなく、むしろ当時の中国東北部満洲)独特の社会状況が生みだした、パトロンをバックに擁した一種の「自衛武装集団」と言われている。現在の我々は、「馬賊」という言葉を聞くと、どうしても広大な満洲の原野を駆ける騎馬のならず者といった、単純化・ロマン化されたイメージをどうしても持ちがちだが、同時代であった明治の日本人も同じようなイメージを抱いていたらしい。
そういったイメージを流布・増幅させるのに一役買ったのが、一連の馬賊小説だ。本書も、ノンフィクションの体裁を取ってはるが、馬賊小説の一つとして位置づけられるだろう(どうでもいいが、強調部分のフォントを大きくするのは読みにくくて仕方無い)。
満洲の名物=馬賊」という一節で始まるこの本は、著者の冒険取材旅行記。旅人の身ぐるみを剥いだり誘拐するばかりでなく、城市や汽車を襲撃したりと大活躍?する馬賊の、彼らの「保険手形」というのを手に同行取材を行っている。その中で、馬賊の幹部になった日本の失踪軍人や元革命家の漢人、暗躍する日本のスパイとロシアのスパイの姿などを活写している(馬賊に特務機関の日本人がいたことは「公然の秘密」だそうだ)が、特に目を引くのは澤村お蝶という美貌の女馬賊だ。ひょんなことから生まれた東京から満洲に流れ着き、馬賊を生業としていた日本人の良人の死後、その跡を襲って部下をまとめてのし上がった―その半生。まるで小説である。
日露戦争時には、この馬賊たちも日本軍に取り込まれ、ゲリラ作戦の一翼を担うことになる(こういった馬賊の中から張作霖が頭角を現してくることになるのだが、それはまた別の話)。そういったキナ臭い背景もあって、日露戦争前夜の日本では馬賊に対する様々な情報やイメージが蓄積されていったわけだが、中にはその一員として加わる日本人がいたとしても、当時の状況を考えればそう驚くことではないだろう。ただ、本書において、フィクションとノンフィクションの境目は、残念ながら私には判断できない。
なお、著者の高野巽は、本書執筆の前には英語小説の英訳や英語参考書の執筆で糊口をしのいでいたらしい。いわゆるフリーライターだ。彼もまた、一やま当てようとして満洲に渡っていたのだろうか。

馬賊で見る「満洲」―張作霖のあゆんだ道

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