小沢豁郎『碧蹄蹂躪記』

小沢豁郎(天游) 『碧蹄蹂躪記』 東京, 豊島鉄太郎, 明治24(1897)年, 58p.

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小沢豁郎(1858-1901)は長野生まれの陸軍中尉。
1884年から翌年にかけて行われた清仏戦争に際して、フランス語に堪能だった小沢は福州において諜報活動を行った。結果だけ行言ってしまうと、はかばかしい成果を見ないままに病を得て明治19年に帰国した。帰国後しばらくしてから、福州滞在の際の見聞に基づいてまとめたのが本書である。この頃、福本誠・白井新太郎らとともに、東南洋の事物を講究することを目的とした東邦協会の設立に関わっていたらしい。なお、同年に『清仏戦争見聞録』(豊島鉄太郎, 明治24年, 30p.)という著作も出版している。いずれも、彼の機密に触れる仕事柄、「ほとぼり」がさめるのを待つために暫くの時間をおいたのかもしれない。
ここで小沢は、郵便や警察などの社会制度や、日本人への態度や愛国心など、硬軟両面にわたる清国事情について、自説を述べている。総じて手厳しい内容なのだが、ここでは清国人の愛国心の欠如を指摘するのに続ける最後の一文に注目したい。

支那ヲ改良センニハ言論ノ能ク之ヲ動カス可キニアラス一大革命此ノ中原ニ生スルニ非ンハ得テ旧憤ヲ攪破シ長睡ヲ覚マス能ハサルヘシ此ニ至テ英豪俊秀ノ士簇々此中原ニ輩出スル期シテ待ツヘキナリ余ハ深ク信ス今ヤ百万の良医アルモ能ク此宿痾ヲ癒スル能ハサルヲ。

小沢は福州赴任中、荒廃する福建地方を看過できずに、大陸浪人と語らって、武力行使による清国革命を企んだという経歴がある。結局は未遂に終わるのだが、方法はどうあれ、清国のことを真剣に考えたことの発露であるとも言えるだろう。それを踏まえると、この一文も小沢特有の「清国への思い入れ」の表れとも言えるのではないだろうか。
ちなみに、本書の出版から遡ること4年前、中国の湖南省毛沢東が誕生していた。

  • 安岡昭男 「小沢豁郎と清仏戦争・清国観」 『政治経済史学』 500, 2008, pp.208-221.