都市と環境の歴史学:5年間の成果

 少し前になりますが、国際シンポジウム「都市と環境の歴史学:5年間の成果」(2009年3月14日/15日、中央大学駿河台記念館)に部分(一日目のみ)参加してきた。
 この催しは、日本学術振興会科学研究費・基礎研究(S)「歴史学的視角から分析する東アジアの都市問題と環境問題」(平成16-20年度)の共同研究の成果発表の場。東洋史系の所謂国際シンポジウムの参加は初めてだったのですが、この規模のものは斯学では珍しいのではないのかと思う。英語・中国語・日本語の飛び交う異空間で入り乱れる様々な分野の専門家の発表は、非常に刺激的だった。
 一日目のテーマは「都市史と環境史の交わる場」。キーワードは「農牧接壌地帯」。農耕世界と遊牧世界の交わる境域世界を指す言葉です。東ユーラシアで考えると、万里の長城が走る一帯とイメージするとよいかと思う。人口には膾炙していないかもしれませんが、東洋史の分野ではここ10年あまり、ユーラシアの歴史のダイナミズムを解明するキーワードとして注目されている言葉。予稿集を見ても、この間にこの分野の研究が各段に進んだことが(中国の研究者の躍進ぶりとあわせて)がよく分かる。
 前半は、中国北部(山西省陝西省寧夏回族自治区)の農牧接壌地帯を対象とした事例の報告。興味深いものをピックアップすると・・・

  • 李孝聡(中国都市史:北京大学)「農牧複合地帯の都市遺跡と環境」
  • 成一農(中国都市史:中国社会科学院)「清・民国期の靖辺県城の立地−農牧複合地帯の都市と環境−」
  • 深尾葉子(中国環境史:大阪大学)「中国黄土地帯の都市と農村」

 時代に応じて、農牧接壌地帯のラインが南北に揺れ動くことを指摘。このラインが明代以降、軍事の境界ラインとなって、軍事拠点とそれを支える農村・都市の開発が進んだことが、環境に大きな影響を与えるようになったという(こういった軍事拠点のうち、現在も都市として残っているのは、合理的な理由だけでなく政治的・経済的など複合的な要因によるものだというのは、成一農さんの指摘)。これが現在の黄土高原に繋がっているのだが、これも人の手を加えなければものの10-20年で緑が戻ってくるという深尾葉子さんの指摘は驚きだった。今の彼の地を歩いても、ここを昔遊牧民族が闊歩していたことは想像しにくいが、決して今だけを見ても過去は分からないことがよく分かる。
 後半は一転して雲南省新疆ウイグル自治区へ。

 これまで「農牧接壌地帯」と言えば上記のような中国北部の研究が多かったイメージがあるが、ヒマラヤを仰ぐ雲南省パミールヒンドゥークシュを仰ぐタリム盆地南部も対象となる。農牧接壌地帯に位置する都市としてフフホトと麗江を比較すると、共通の都市プランが見えるという包慕萍さんの指摘は驚きだったし、ヤルカンドというシルクロード上のオアシス都市を具体例として、都市間を結ぶ東西ではなく牧畜地帯と結ぶ南北の関係から見る視点を提示した新免康さんの報告も面白かった。また新免さんの指摘では、長安も南北・東西のネットワークを持つオアシス都市のパターンで解釈できるという点も新鮮だった。

  • 羅豊(考古学:寧夏文物考古研究所)「唐王朝の馬印」

 羅豊さんの報告は、唐代に馬の管理のために使われた烙印(馬印)の研究で、これまで手つかずだった分野に取り組んでいる。唐では官馬だけでなく私馬にまで、遊牧民のそれの影響を受けた形で馬印を運用していたという。一見マイナーだが、こういった具体例の積み重ねが大きな歴史の流れを解明するのだ。
 さて、タイムテーブルを見れば分かるように、盛りだくさんの内容に加えてこの多言語環境である。下手をすればスケジュールが破たんしたり、参加者の理解レベルが統一できなかったりしかねないところだが、陳力さんの手際の良い司会と妹尾達彦先生の発表ごとの的確なまとめのお蔭で、そういった危機は回避され、結果としてプロの研究者でもない私も興味深く聴くことができた。どうもありがとうございました。
 ところで、このシンポジウムが終わってから早や一週間。シンポジウムに関するblog(開催告知の転載除く)が管見の限り見られないのはどうしてだろうか?半分門外漢によるこのエントリーが最初の書き込みでよいのだろうか?そもそも、このシンポジウム(或いはプロジェクト)にもWebサイトがそもそもないようだが・・・アカウンタビリティ・パブリシティという点では、役割分担に基づくやり様によってはもっと世間の耳目を集めるようにできるものではないだろうか。コンテンツが抜群に面白いだけにちょっと残念だ。
 最後に。 会場にて、伊藤敏雄先生より下記文献を頂きました。伊藤先生、どうもありがとうございました。

  • 伊藤敏雄編『魏晋南北朝史と石刻史料研究の新展開:魏晋南北朝史の再構築に向けて(平成18-20年度科学研究費補助金(基礎研究B)「出土史料にる魏晋南北朝史像の再構築」(課題番号18320117)成果報告書別冊)』(2009年2月)

※関連参考文献

長安の都市計画 (講談社選書メチエ (223))

長安の都市計画 (講談社選書メチエ (223))

シルクロードと唐帝国 (興亡の世界史)

シルクロードと唐帝国 (興亡の世界史)